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3人の罪人

 ミュラーが執務室で待っていると扉をノックすると共にクリフトンが1人の青年を連れて来た。

 細身でありながら筋肉質で精悍な顔立ちだ。

 両手には手錠を掛けてあるが、身なりも小綺麗で、足取りはしっかりしている。

 クリフトンの仕事のきめ細やかさが感じ取れる。

 クリフトンは男をミュラーの前に立たせた。

 突然暴れても不意を打たれない絶妙な距離だ。


「この者は前領主様の暗殺を企てた者です」


 仕事が出来るクリフトンはいきなり暗殺未遂犯を連れて来た。

 目の前に立つ若者はミュラーを真っ直ぐに見ている。


「新たにリュエルミラ領主となったミュラーだ。詳しい話を聞く前に確認しておくが、身体に不調はないか?」


 自分を裁く者に体調の心配をされ、青年の目に動揺の色が浮かぶ。


「はっ、クリフトン殿のお陰で問題ありません」


(やはり死罪すらも覚悟していたか)


 今から殺そうとする相手の健康状態を気にする者はいない。

 尋問を前に先手を打ったミュラーだが、この手のことはお手のものである。

 ミュラーは軍隊生活のなかで、士官に昇格した一時期、軍内部の規律を統括し、犯罪を取り締まる監察隊に所属していた経験がある。

 犯罪者の取り調べには慣れているのだ。


「さて、先ずは貴官の名前を聞こう」


 ミュラーの質問に青年は更に動揺する。

 何も聞いていないのに軍人や官使に使う敬称で呼ばれてそれに反応した時点でミュラーの思うつぼだ。

 

「リュエルミラ衛士隊に所属していたアッシュです」


 アッシュと名乗った青年自身も観念している様子であり、あとは事実の確認でしかない。


「では、貴官が前領主を暗殺しようとした理由と弁解を聞こう」


 アッシュは淀みなく話始める。


「理由については、前領主の圧政から人々を解放するためです。仲間達が反乱に参加したことに乗じて私は単独で前領主の暗殺を企てました。領主が反乱鎮圧から戻る隙を狙いましたがその場で捕縛されました。全ては私の独断で行ったことで弁解はありません」

「貴官は自分の行いを悔いているか?」

「いえ、それが罪であろうとも、人々のためと思い、その罪を被ろうと自分で決めたことです。しかも、私は失敗しましたが、結果として領主は処断されたので、目的は果たされました。それを見届けた今、私がいかなる処罰になろうとも、悔いはありません」


 はっきりと語るアッシュを見てミュラーの考えは決まった。


「貴官を放免するとして、今後も民のために働く覚悟はあるか?」


 ミュラーの問いにアッシュは寂しそうに笑う。


「もしもそれが叶うならば、今一度衛士として人々のために尽くしたいと思います」

「貴官は仲間達が反乱に身を投じる中で暗殺に走った裏切り者だ。戻ったところで待っているのは厳しい目だぞ?」

「そんなもの、戦いの中で散った仲間達の悔しさに比べればどれ程もありません」


 ミュラーは頷くとクリフトンに目配せしてアッシュの手錠を外した。


「貴官を放免する。リュエルミラ衛士としてその責を全うせよ」


 放免を言い渡されたアッシュは逆に狼狽する。


「いや・・しかし・・」

「異論は認めん。私は時間が無い。諸々の手続きがあるから別室で待機していろ」


 これ以上の説明が面倒になったミュラーはクリフトンに命じてアッシュを退室させた。


 アッシュに続いて連れて来られたのはエプロンドレス、いわゆるメイド服を着た若い女性。

 両目が前髪で隠れているのでその表情は分からない。


「この者は使用人としてこの屋敷に入り込み、前領主様の暗殺を企てました」


 立て続けに暗殺未遂犯を連れて来たクリフトン。

 しかも、目の前に立つ若い女は先のアッシュなんかよりも余程危険だ。

 表情が分からないにしても、その雰囲気からは恐れも、困惑も、殺気すらも感じられない。

 まったくの無なのだ。

 

(使用人として潜入して暗殺を企てたということは、おそらくは職業的暗殺者。殺されても背後関係を語らないだろうな)


 ミュラーの見立てどおり危険なのだろう。

 彼女が立たされているのもアッシュの時よりも3歩程後方だ。


「名は?」


 答えるかどうか・・・。

 名前すら名乗らないならばらちがあかない。

 その時はこの女の尋問は後回しだ。

 ミュラーがあれこれ考えていると


「・・・・マデリアと申します」


女がポソリと口を開いた。

 ミュラーは改めてマデリアを見る。

 相変わらずその瞳は覗えないが、どうやらミュラーのことをしっかりと見ているようだ。

 しかし、職業的暗殺者が依頼者のことを語ることはあり得ない。

 尤も、依頼者を聞いたところで前領主が死んでいる以上は意味が無い。

 ならば、単刀直入な質問をぶつけてみる。


「貴女に帰る場所はあるのか?」

「ございません。仕事に失敗した以上、もう暗殺者として生きていくことはできません」


 こうして話していても、自決するつもりはないようだ。

 そのつもりがあるならば、とっくに舌を噛んでいるだろう。

 

(アッシュも放免したし、彼女もそうしたいのだが、行く当てが無いのなら放免したところで中途半端だな・・・)

 

 思案するミュラーの脳裏に妙案が浮かんだ。


「マデリア、君を放免する。貴女は自由の身だ」

「・・・・」

「そこで、マデリアの働き口の提案なのだが、この館で働かないか?」

「・・・・えっ?」


 初めてマデリアが困惑した雰囲気を浮かべた。


「私はこの地に新領主として赴任したのだが、着任してみれば、この館の使用人はそこにいる執事のクリフトンただ1人だ。つまり、人手が全く足りていない。マデリアもメイドとしてこの館に侵入したのだから一通りのことは出来るのだろう?」

「・・・それは・・」


 いい淀むマデリアにクリフトンが助け船を出す。


「彼女の仕事ぶりは大変優秀でありました」

「それならば是非とも頼みたいところだ。仕事は山積みだからな。ここに残るも立ち去るも貴女の自由だ」


 マデリアは暫くの沈黙の後に口を開く。


「こちらに置いてください。よろしくお願いします」


 ミュラーは頷いた。


「よし。待遇などは要相談だから、とりあえず別室で待機していてくれ」


 犯罪者の処遇と人材確保を両立させることに成功したミュラー。

 残すは窃盗未遂犯ただ1人だ。


 連れて来られたのは年のころ12、3歳位の小柄で痩せた少年だった。

 抵抗したのか、クリフトンに首根っこを掴まれて連行されてきた。

 ミュラーの前に座り込んでそっぽを向いている。


「名は?」

「パットだよ。おっさん」


 ミュラーを一瞥して直ぐに視線を逸らす。

 精一杯の虚勢を張っている少年を見てミュラーは馬鹿らしくなってきた。


 そもそも、暗殺未遂犯を放免したのだから、窃盗未遂犯のこの少年を処罰するわけにはいかない。

 放免は決まっているが、ミュラーは呆れ顔でクリフトンを見た。


「なんでこんな子供を拘束していたんだ?」

「大変申し上げにくいのですが、この者に関しては・・・前領主様の趣味と申しますか・・・」


 ミュラーは呆れ果てた。

 つまるところ、目の前の少年は窃盗未遂犯ではあるが、どちらかというと領主の変態趣味の被害者だ。


「まったく!あの変態オヤジときたらボクのことをいやらしい目で見やがって。変なことされる前に死んでくれてよかったよ。文字通り命拾いしたよ」


 ふて腐れながらそっぽを向いたまま話すパット。


「・・・放免だ。さっさと家に帰れ」

 

 ミュラーの決定にキョトンとした表情でミュラーを見上げるパット。

 しかし、再びふて腐れる。


「ボクはこそ泥だよ?帰る家なんかあるわけないじゃないか、おっさ・・おじさん」


 ミュラーはクリフトンを見た。


「まあ、そうですな。本来は都市の外れにある教会の孤児院にいた筈です。何度か教会のシスターが助命嘆願に来ていました」


 クリフトンの説明を聞いたパットはばつが悪そうな表情を浮かべて俯く。


「それならば、孤児院に帰れ」

「でも・・・孤児院にはボクより小さい子がいるんだ。あの子達のためにも無駄飯食らいのボクなんかは孤児院を出た方がいいんだ」

「無駄飯を食うんじゃなくて、シスターを手伝って価値のある飯を食え」

「・・・・」

「それに、お前には頼みたいことがある。こそ泥なんかやっていたんだから都市の事情には詳しいだろう?揉め事がおきた、怪しい奴がいる、何でもいい。情報を集めて持ってこい。小遣いをやるし、たまには飯を食わせてやる」


 ミュラーの提案にパットの表情が明るくなる。


「ホントに?そんなことでお金をくれるの?」

「小遣い銭だぞ。たいした金額はやらん。金を稼ぎたかったらこそ泥でなく真っ当な仕事を探せ」

「分かったよ。おじさん」


 この程度のことで喜んでいる単純なパットを退室させ、執務室に1人残ったミュラーは深々とため息をついた。


「疲れた・・・喉が渇いた」   


 着任してから未だにお茶にもありつけていない。

書き溜めていた分は出し切りました。

今後の投稿のペースは少し落ちます。

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