辺境紛争5
ミュラーは敵の前にその姿をさらした。
領兵達と違い、兜も被らず、略装とはいえ一目で士官と分かる軍服姿、そして、初戦の生き残りが目の前に立つのがリュエルミラ領主であることを知っている。
敵の目がミュラーに向くことは当然だが、それはミュラーの狙いでもあるのだ。
敵にしてみれば、大隊規模の相手に平然とその身をさらすリュエルミラ領主とそれに付き従う魔導師(に見える)のエルフと立ち振る舞いに隙のない女兵士。
数に物をいわせて襲い掛かれば討ち取れると分かっているが、自分が先頭を切るのは御免被りたい。
功を焦って飛び出せば返り討ちに遭う、皆がそう思うのだから足が鈍るのは必然的だ。
本来ならば、中隊長か小隊長クラスの指揮官が先陣を切ればよいのだが、敵の指揮官はそうはしなかった。
前衛部隊を後退させてミュラー様と間合いを取ると、5人の魔術師を前に出す。
ミュラーの間合いの外側から魔法攻撃を仕掛けようというのだ。
「困ったものだ。・・・フェイ、敵の魔術師の力量は?」
「詠唱が長い割に威力が伴いません。どのような魔法教育を受けたのか分かりませんが、魔術式の構築に無駄があり過ぎます。未熟、としか言いようがありません」
「そうか。マデリア、投げナイフの射程まで前進して、一撃で何人仕留められる?」
「2人です。その後に斬り込めば残りの3人も」
ミュラーは頷いた。
「2人で十分だ。敵中に斬り込む必要はない。敵も素人ではない、敢えて危険を孕む選択をする必要はない」
そう言ったミュラーは剣を脇に構えて駆け出し、ミュラーの後にマデリアが続く。
それを見た魔術師達は迫り来るミュラーを雷撃と炎撃、複数の魔法で仕留めようと狙いをつける。
しかし、ミュラーはほんの10歩程駆けた後に急停止すると、その場に膝をついた。
ミュラーの予想外の行動にほんの一瞬だけ、魔術の詠唱に乱れが生じる。
それは人が瞬きをする程度の瞬間ではあったが、致命的な一瞬だった。
膝をついたミュラーの肩を踏み台にしてマデリアが跳んだ。
魔術師達の詠唱に生じた一瞬の隙、その間にマデリアは投げナイフの射程に飛び込んで、空中で1本、着地してさらにもう1本のナイフを投擲した。
マデリアの手から放たれた2本のナイフが魔法の詠唱中の2人の魔術師の喉に突き刺ささる。
詠唱中に喉を貫かれ、魔力が逆流した魔術師達は身体の内側から炎や電撃に包まれて倒れた。
一撃で2人の魔術師を仕留めたマデリアは反射的に次の投げナイフを取り出す。
「マデリア、引くぞ!」
マデリアの技量ならば投げナイフでもう1人、斬り込んでさらに1人を倒すことは可能であるし、それにミュラーが一緒に斬り込めば敵の魔術師5人全てを倒せた筈だ。
しかし、ミュラーは敵中に斬り込む危険を冒さない。
ミュラーの命令に従ったマデリアと共に踵を返すと掛け出した。
先に吶喊したミュラーを囮として、本命であるマデリアの投げナイフで敵の魔法戦力を削ぐ、その目的を果たした以上はこれ以上この場に留まる必要はないのだ。
フェイはその成り行きを後方で見守っていた。
ミュラーが敵の直中に無闇に斬り込むことはしないことを知っているので、足手まといになる自分は前に出るべきではないと判断したのだ。
案の定、ミュラー達は敵の意表を突いて魔術師2人を仕留めると、反転して戻ってくる。
このまま後退して先に後退した部隊と合流しようとするのだろう。
しかし、敵の魔術師も未熟ではあるが一介の兵士であり、素人でもない。
むざむざとミュラーを見逃すようなことはせず、その背中を狙って魔法の詠唱を完了させようとしていた。
このままでは魔法の射程距離から逃れるのは間に合わない。
敵が放とうとしているのは炎撃魔法だが、未熟な魔術師とはいえ有効射程距離内で直撃を受ければ危険だ。
ミュラーとマデリアを守らなければならない。
フェイは杖を構えた。
「・・・達よ・・持ち・・狭間の門を・・」
「フェイ、後退だ!引くぞ!」
小声で呟きながら精神を集中したフェイだが、それをミュラーの声により遮られ、思わず口を止める。
その時、ミュラーに向けて炎撃魔法が放たれた。
「主様っ!」
フェイが叫び、ミュラーの背中にに火球が迫る。
その瞬間、ミュラーは振り返りざまに自らに襲い掛かる火球に向けて剣を振り抜いた。
バシュッ!
何かが破裂するような音と共に火球が弾け飛んだ。
ミュラーが火球を斬ったのだ。
飛散した炎がミュラーに降り掛かるが、そんなことには構わずにミュラーは再び駆け出し、フェイの立つ位置まで戻ってきた。
この場所は敵の魔法の射程外だ。
「主様、私は・・・」
フェイが言いかけるが、ミュラーは首を振る。
「敵に構うな。第3防御線まで引いてイーサン達に合流する。そこで勝負を仕掛ける」
そう言うとミュラーはフェイの手を引いて一目散に逃げ出した。