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辺境紛争3

「総員戦闘用意!」


 ミュラーの号令に防御柵の内側に待機していた阻止小隊は盾を揃え、立てていた槍を一斉に構え、その後方で剣士小隊も剣を構えた。

 どちらの小隊も部隊としての練度は高い。

 頷いたミュラーもゆっくりと剣を構える。


「貴官等は正当性もなく我が領内に武装して侵入し、あまつさえ我々に武器を向けた。最早交戦は避けられない。国境警備の責任者として貴官等を実力をもって排除する。これが最後の警告だ、命が惜しくば撤退しろ!」


 最終警告も敵は聞き入れる様子はない。

 ミュラーの前に立つ中隊指揮官は剣を構えて前に出て、ミュラーに対峙する。


「初戦の最前線においてリュエルミラ領主殿にお目見えできるとは幸運だ。領主殿も剣を抜いたということは自ら戦う意思があるとお見受けする。私はゴルモア公国ロトリア領兵連隊中隊長ジャスパーだ。私が領主殿の首級を挙げればこの戦い、無駄な犠牲を出さずに済む。お互いのためにぜひとも一手お相手願う」


 ジャスパーと名乗った敵の指揮官はミュラーに一騎打ちを挑む。

 その態度に背後に立つマデリアからピリピリとした殺気が流れてくるが、マデリア自身、その殺気を隠そうともしない。


「ミュラー様、私に・・・」


 前に出ようとするマデリアを無言で制止したミュラーはジャスパーの前に立つ。


「戦いの大義も述べずに一騎打ちを所望するとは無礼にも程がある。しかし、切っ先を向けられたならば私も引くことは出来ない。その性根、貴様の命をもって叩き直してやろう」


 ミュラーとジャスパーは互いに剣を構えて間合いを取った。

 ミュラーが戦うつもりならばフェイとマデリアは異を唱えるようなことはせず、黙って後ろに下がり2人の戦いの行く末を見る。


 ジリジリと間合いを詰めるジャスパーに対してミュラーはその場から動かない。

 ジャスパーの背丈はミュラーよりも頭2つほど大きく分厚い筋肉に包まれており、さらにミュラーの剣に対してジャスパーの大剣の方が間合いが遠い。

 先に動いたのはジャスパーだった。


 ミュラーの頭部を狙って振り下ろされた大剣は、振り下ろす力に大剣そのものの重みを加え、斬るというよりは叩きつけるといった一撃だ。

 直撃を受ければ並の人間ならば叩き潰されてしまうだろう。

 

キンッ!


 しかし、ミュラーにその大剣が叩きつけられる瞬間、鋭い金属音と共にミュラーの剣がジャスパーの剣の勢いを利用した最小限の剣撃でジャスパーの大剣の軌道を逸らす。

 そして、ミュラーは1歩だけ踏み込み、自らの必殺の間合いに入ると剣を翻した。

 ミュラーに剣撃を逸らされて前のめりになったジャスパーの首筋をミュラーの剣が一閃する。


「くっ・・・」


 ジャスパーの口からの声にもならない、空気が漏れるような音と共にその頭部が転がり落ち、その巨体が崩れ落ちた。

 まさに一瞬、まさに一撃。

 実力の差は歴然だったが、開戦の最初の一撃を担うミュラーは手加減をするつもりも、ジャスパーの命を助けるつもりもない。

 本気の一撃で勝敗を決めたミュラーは目の前にいる敵兵には目もくれず、踵を返して歩き始めた。


「主様・・・」

「ミュラー様?」


 フェイとマデリアは指揮官を失った敵兵から目を離さずに後ずさりしながらミュラーに続くが、ミュラーは敵兵には目もくれず、阻止小隊が盾を並べる内側に後退する。

 その様子を目の当たりにした敵兵達は逆上し、浮き足立ちながらも突撃を開始した。


「愚かな。指揮官を失ったら撤退するのが定石だろうに。残された敵の小隊指揮官はその判断もできないのか・・・。阻止小隊、敵の突撃を止めろ!」


 振り返ったミュラーが阻止小隊に下命すると、阻止小隊は防御柵の内側やその隙間に盾を並べ、腰を落として構えた。

 かつて、ミュラー率いる大隊の隊員だったイーサンが率いる小隊は正面からの突撃を真っ向から受け止める構えだ。

 接触面である前列は槍を背負い、両手で盾を保持して防御に専念し、2列目は前列の隊員の尻の下に膝を入れて身体を密着させ、片手で盾を持ち、最前列の盾の上に並べて2段重ねにすると共に片手で槍を構える。

 これはオーウェン中隊が得意とする防御隊形で、強固な阻止線を構築しながら、隙あらば盾の隙間から敵兵を槍で突くのは2列目の役割だ。

 

 敵の先頭が阻止小隊に激突する。

 激しい衝突音が響き渡り、阻止小隊が敵の突撃をしっかりと受け止めた。

 盾を構える隊員達は反撃することは考えずにその姿勢を保持して敵の攻撃を受け止める。

 2列目の隊員が僅かな隙を突いて槍を突き出すが、敵に与える損害は微々たるものだ。

 それでも、幾度となく繰り返される敵の突撃を受け止め続けていると、徐々にではあるが、味方の損害は皆無のまま、敵に対して損害を蓄積させ、その数を討ち減らしてゆく。

 一見すると防戦一方のように見えるが、戦況は有利に運んでいた。


 しかし、阻止小隊の後方に立ち、戦いの行く末を見守るミュラーの表情は険しい。

 今、この場の戦いがいくら有利であろうとも、総合的に見れば未だに数の上では圧倒的に不利なのだ。


「主様、敵の後続大隊が接近しています。あと、四半刻程かと思われます。その後方、半刻程の距離にもう1個大隊がいます」


 まるで敵の動きを直に見ているかのようにミュラーに耳打ちするフェイ。

 ミュラーはフェイの言葉を疑う素振りも見せずに頷くと、敵が一時後退したのを見計らって阻止小隊、剣士小隊それぞれの小隊長を呼んだ。


「次に敵が突撃してきたら逆撃を加えた後に後方にある第2防御線まで後退する。阻止小隊は逆突の後に後退、剣士小隊は阻止小隊の逆突で敵が混乱している間に斬り込み、2百秒だけ戦い、その後に撤退。無理をする必要はない。あくまでも後退することが目的で、敵を討つのはそのついでだ。戦いの機会はまだまだある。功を焦るなよ」


 ミュラーの命令を受けた2人はそれぞれの小隊に戻り、隊員達に命令を示達した。

 

 その直後、一旦後退していた敵が再び突撃してくる。

 阻止線を張り、ただ敵の攻撃を受けてきた阻止小隊は小隊長であるイーサンの号令を待つ。


「今だっ、逆突!」


 イーサンの合図で最前列の隊員は一斉に前に出て、向かってくる敵兵に盾を突き上げながら体当たりをした。

 盾による突き上げで仰け反らされた敵兵の多くはその場に転倒するが、倒れた彼等に向けて2列目の隊員が次々と槍を突き下ろす。

 阻止小隊はこの一撃で10人以上の敵兵を仕留めた。

 生死は関係ない、首や腹、胸等を槍で突かれた敵兵は生き残ったとしても最早脅威ではない。

 阻止小隊は反転すると敵の混乱に乗じて脱兎の如く後退を始めた。


 そして、後退する阻止小隊に代わって飛び出したのは剣士小隊。


「無理に敵を倒す必要も、深追いする必要もない!間合いにいる敵兵のみを狙え!」


 小隊長の指揮の下、混乱している敵兵の直中に飛び込んだ剣士小隊は次々と敵の数を討ち減らしてゆく。


「・・197、198、199、今だ!」


 ミュラーの命令どおり、きっちり2百秒だけ戦った剣士小隊は小隊長の指揮の下、未だに混乱から立ち直れない敵を尻目に一気に後退した。


 こうしてグランデリカ帝国リュエルミラ領兵とゴルモア公国ロトリア領兵の初戦はリュエルミラ領兵2個小隊がロトリア領兵1個中隊を相手に戦い、損害らしい損害も無いまま、敵の半数近くを戦闘不能にして終わった。

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