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辺境紛争2

 グランデリカ帝国とゴルモア公国の国境は両国間に広がる険しい山脈の頂点と定められている。

 当然ながら山脈を抜ける街道には両国の関所が設けられ、国境警備隊が睨みを利かせているのだが、それはある程度の広さがあり、大軍が通行可能な街道のみで、両国間に幾つもある険しい山道までは警戒が及ばない。

 それら関所が無い山道はそれぞれの地域を治める領主の責任の下で領兵や衛士が警戒に当たっている。

 今回ゴルモア公国軍が抜けようとしている山道はリュエルミラ領の端に位置し、領都や集落からも離れているため未だ編成途中の領兵や衛士隊を常駐させることができないのだ。

 それでも領兵や衛士の訓練を兼ねて定期的に警戒しているし、リュエルミラに所属する商人や冒険者等に情報収集を委託しており、今回はそれが功を奏してゴルモア公国軍の動きをいち早く察知することができた。


 ミュラーはオーウェンとアーネストを前に今後の行動計画を説明する。


「ゴルモア公国の目的が食料の強奪やそれに類するものならば戦いは避けられないだろう。だとすればここだけに戦場を設定するのは危険だ。幸いにしてフェイがこの先2キロ程の地点まで防御設備を備えてくれたが、これを活用しない手はない。よって、部隊を2つに分ける。オーウェンの第1中隊とアーネストの第2中隊からそれぞれ1個小隊ずつを選出し、私と共に山道を登り、そこで相手を待つ」


 ミュラーの案に2人が異を唱える。


「大将自らが少数の兵を率いて本隊を離れるは危険過ぎるんじゃありませんか?」

「そうです。前線に出るのはオーウェン殿か私に任せてミュラー様はここで総指揮に徹した方が良いと思います」


 2人の言うことはもっともだが、しかし、ミュラーは首を振った。


「オーウェンには最終防御線であるこの場を任せる必要がある。アーネストもここに残り不測の事態に備えてもらう。相手は山道を抜けてくるが、山道のない箇所を強引に抜けた別働隊が側面や後方を突いてくる可能性もゼロではない。それに、ゴルモア公国からの前触れもない以上は事情を確認して判断する責任は私にある」


 論議している暇は無い。

 やや強引に2人を説き伏せたミュラーは第1中隊から大盾と槍を装備した阻止小隊を、第2中隊からは剣士小隊を引き連れて山道を登り、フェイが構築した防御施設の先端に防御線を布いた。


 今のところゴルモア公国軍の姿は見えない。

 早くてもあと数刻は掛かるだろう。

 連れてきた小隊は防御柵の隙間に大盾を並べ、その後方に剣士隊が控える陣を布して待機している。

 傭兵団として実戦経験が豊富な剣士隊はもとより、編成されたばかりで経験の少ない領兵達も適度に緊張しながらも落ち着いている。


「さすがだな。私が大隊を率いていた頃からオーウェンは人を育てる能力が高かった。この様子ならば被害を最小限に抑えながら退却戦を展開できるだろう」


 配置についている部隊を見てミュラーは満足そうだ。


「確認ですが、主様はこの場での戦いは勝てるとは思っていないのですね?」


 フェイの問いにミュラーは頷く。


「当然だよ。相手は大隊規模、対する我々はたった2個小隊だ。地の利は我々にあっても勝ち目はない。相手はこの地形のおかげで縦長になって数の有利を存分に発揮できないが、こっちも自由に動き回れない。結局は狭い山道で正面から迎え撃つしかないが、そうなれば、最終的には数で押し切られる。だから我々は自分達の損害を最小限にしながら相手に損害を与えつつ後退して山道の出口に引き込むしかない」

「危険な役割ですね」

「だからこそだ。劣勢の戦いは私の得意とするところだよ」


 当然ながらミュラーが前線に出たのはそれだけが理由ではない。

 今回の件はグランデリカ帝国とゴルモア公国の地方領同士の辺境紛争だが、戦端が開かれて戦況が泥沼化すれば両国間の全面戦争のきっかけになる可能性がある。

 ミュラーはリュエルミラ領主として紛争を回避できるのか否かを判断し、開戦が不可避ならばその最初の一撃を担う責任があるのだ。


「難儀なものですね・・・」

「軍人や役人は自らに課せられた責任から逃れてはいけないのだ」


 フェイもそれを知っているから多くを語らない。


 やがてミュラー達の前にゴルモア公国軍が姿を見せた。

 掲げている旗は情報員の言ったとおり公国のロトリア領のものだ。

 ミュラー達が守りを固めていることに気付き、行軍の足を止めた。


 ミュラーはフェイとマデリアを引き連れて柵の前に立つ。

 因みに、マデリアは普段のメイド服ではない。

 さすがに前線に出るのにメイド服のマデリアを連れていては悪目立ちするし、ミュラーの品格が疑われてしまう。

 よって、今回のマデリアはリュエルミラ領兵の女性用の隊服で、帯革の左右に短剣を差している。

 ミュラー達の前に現れたのは中隊規模の先遣隊のようで、未だ剣を抜いてはいないが敵意に満ちた目でミュラー達を見ている。


「ここはグランデリカ帝国リュエルミラ領内です。貴方達は軍旗を掲げ、武装したままグランデリカ帝国領を侵しています。これは世界法に照らし合わせても不当なる侵略行為と見なされます」


 フェイの通告に続いてミュラーが真意を質す。


「私はグランデリカ帝国リュエルミラ領主のミュラーだ。この地方の治安を預かる者として質す。貴官等が我が領に進攻した理由を答えろ。その上で自らの行動に正当性を主張するならば使者を立てて口上を述べるべきだ。そうでなければ貴官等の行為は結果の如何に関わらず、不法行為として糾弾され、延いてはゴルモア公国の名誉を傷つけることになるぞ!もしも貴隊に私の問いに答える権限を有する者が居ないならば一度後退して権限を有する指揮官を連れてこい!」


 ミュラーの警告に対して1人の男が前に出た。

 中隊指揮官のようだ。


「私は貴官の問いに答える権限を有していないが、加えて一時後退するという選択肢も持ち合わせていない」


 指揮官の男が剣を抜くとその背後に控える兵も次々と剣を抜いた。

 

 この瞬間、ゴルモア公国ロトリア領兵は明確にミュラーの敵となった。


「総員戦闘用意!」


 ミュラーは剣を抜いた。

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