辺境紛争1
ミュラー達リュエルミラ領兵部隊は北の山脈に向かって急いだ。
昼夜を通して行軍し、休憩の時間も惜しいところだが、現地では戦闘になる可能性が高いことを考慮すると兵達の体力温存についても疎かにすることは出来ない。
それでも休憩を必要最低限に抑えての強行軍の結果、リュエルミラ領都を出発してから3日後にはグランデリカ帝国とゴルモア公国の間にある山脈のグランデリカ側の山道出口を押さえることができたのだが、そこでミュラーは信じ難い光景を目にした。
「なんだ、これは・・・」
その場でミュラー達を待っていたのは1人で先行していたフェイ。
そして、山道出口一帯や山道内に至るまで逆茂木や簡素ながら頑丈な柵が幾重にも設置されていたのだ。
「フェイ、これは一体どうしたのだ?」
ミュラーの問いにフェイは恭しく頭を下げた。
「先行して防御設備を備えました。これらの柵等はこの先2キロ程の距離まで断続的に設置してあります」
「しかし、これほどの物、かなりの人手と時間が必要な筈だ。それを人手もなくこんな短時間に・・・」
フェイは俯いてミュラーから目を逸らす。
「どのようにしてこれを成したのか、それについてはご容赦願います」
普段の凛とした様子とまるで違う、これ以上問われたくない、ミュラーに真実を知られたくないという気持ちをミュラーは汲み取った。
「分かった。フェイのおかげで数で劣る我々が有利な状況を得ることができたのだ。何も問う必要もない」
フェイは顔を上げ、今度はミュラーの目を見る。
「ありがとうございます」
多くを語らないフェイにミュラーは頷くと兵達に休息を命じた。
フェイのおかげで強固な防御線を構築できたとはいえ、決して油断は出来ない。
僅か2個中隊とはいえ、持てる兵力を全てこの場に投入しているうえ、領主自らがそれを率いているのだ。
ゴルモア公国の意図が何であれ、万が一にもここでミュラー達が敗北すればリュエルミラはお終いなのである。
山道出口を確保できたので、とりあえず向かってくるゴルモア公国軍の情報が欲しい。
兵達が食事と休息を取っている間にミュラー自ら偵察に出ようとしてフェイやオーウェン等に諫められていたその矢先、山道を1人の男が駆け下りてきた。
警戒に当たっていた数名の兵が剣を抜く。
「待ってください。私はサミュエル様の命を受けた者です」
男はサミュエルが言っていたゴルモア公国軍の情報を集めていた情報員のようだ。
ミュラーは兵を下がらせて情報員の男からの報告を聞く。
「1個大隊規模のゴルモア公国軍がこちらに向かっています。その後方から更に1個大隊。険しい山道を抜けてくるためか、兵装は比較的軽装で、槍隊、剣士隊が主力で、少数の弓隊と魔術師が帯同しています。先鋒は明日早朝にもここに到達します」
動きが予想よりも遥かに早い。
「まだ数日は掛かると思っていたが、異様に早いな」
「実は、ゴルモア公国は補給物資をほとんど持たず、最小限の物資で強引に山脈を越えてきたようで、僅かながら脱落者も出ているようです」
ミュラーの表情が険しくなる。
中隊規模で迎え撃とうとしているミュラーが言えた義理ではないが、総勢2個大隊でグランデリカに攻め込むなど正気の沙汰ではない。
その上で犠牲者が出るほどの強行軍とは何かが変だ。
「ゴルモア公国軍の所属は分かるか?公国正規軍か?」
ミュラーの問いに情報員は首を振る。
「いえ、掲げている旗は山脈の北側一帯を統治するロトリア領のものです。つまり、向かっているのはロトリアの領兵部隊です」
敵もまた領兵。
ますます謎が深まるが、ゴルモア公国が国を挙げての戦争を仕掛けてきたわけではないのかもしれない。
色々と考え込むミュラーの横でフェイが情報員に尋ねる。
「ゴルモア公国軍、ロトリア領兵とのことですが、彼等の状態は?極度に疲労している等はありますか?」
「はい、当然ながら険しい山脈を越えてきているので疲労もありますが、それよりも彼等が持つ物資の少なさが異常です。そのおかげで最速で進んでいるのでしょうが、それでも強引過ぎます」
フェイは頷いてミュラーを見た。
「ゴルモア公国軍の目的は侵略等ではなく食料の略奪であると考えられます」
「どういうことだ?」
「ゴルモア公国は元々が寒冷地で作物が育ちにくい環境です。特に山脈の南側で温暖な気候に恵まれると、その北側では暖かな風が山脈に阻まれて逆に気候が乱れます。今年のリュエルミラ地方は温暖な気候に恵まれて作物が豊作でしたが、山脈の北側のゴルモア公国、それも山脈の麓のロトリア地方は冷夏に見舞われたと思われます」
「しかも、穀物を横流ししていたリュエルミラ前領主が居なくなったおかげでより一層厳しさを増したというわけか」
「はい、そこで山脈を越えて攻め込んで、強引に食料を奪おうとしているのだと思います」
フェイの予想が事実ならば、ロトリア領兵だけによる今回の進攻はロトリア領の独断で行われた可能性がある。
そうだとすれば、これは国家間の戦いでなく地方領同士のいざこざ、辺境紛争に過ぎないということだ。
だとしたらミュラーとしてもやりようはいくらでもある。