リュエルミラ領兵出動
「急いで敵の装備と編成、リュエルミラへの到達日数についての情報が欲しい」
ミュラーの言葉にサミュエルが応じる。
「大部隊が険しい山道を越えてくるので行軍速度は遅く、到達日数にはまだ10日程は掛かると思います。編成については、騎馬兵力はいなそうですが、詳細は不明です。私直属の情報員を向かわせましたので、その報告をお待ちください」
「分かった」
ミュラーは頷くとマデリアを見た。
「オーウェンとアーネストに領兵を召集するように伝えてくれ。ゴルモア公国軍が到達するまでにまだ日があるとはいえ、我々も領兵を出動させて防御陣を展開しなくてはいけないのだから余裕は無いぞ。しかも、我々の戦力は領兵の正規中隊と仮契約中隊の2個中隊しかない。数の不利は有利な位置を確保することで補う必要がある」
「かしこまりました」
頷いて駆けだしていくマデリアを見送ったミュラーはサミュエルにも指示を出す。
「サミュエルは帝都に伝令を出して事態を報告してくれ」
「承知しました。しかし、今からでは援軍は間に合いませんよ」
「分かっている。援軍を望んでのことではない。リュエルミラが国境防衛のための行動を開始する報告と、万が一我々が敗北した時に備えてもらうためだ。そして、我々が勝手に軍事行動を始めたわけではない、正当性を示すためだ」
指示を出しながら自らも出動の準備をするミュラー。
その姿を見ていたローライネは驚きの表情を浮かべた。
というのも、ミュラーの装備が軽装過ぎるのだ。
一般兵ではなく指揮官のミュラーは物々しい鎧等は装備せず、制服の下に帷子と軽胸甲を着込み、制服の上から篭手と脛当てを着け、頭部に至っては軍帽を被るのみ。
そして、帯革に剣を差して準備完了だ。
これまでミュラーの仕事に口を挟むまいとしていたローライネがたまらずに声を上げる。
「ミュラー様、まさか身を守る装いはそれだけですの?戦いになるかもしれないというのに?」
慌てるローライネにミュラーは苦笑する。
「私はこの方が戦いやすいのだ。それに、私は指揮官だ、兵達を鼓舞する必要があるからな」
「それならば、前線にはお出にならないと?」
「いや、我が隊は指揮官先頭が常だ。それに、ゴルモア公国の連中が何故山脈を越えてきたのかを私自らが質さねばならない。戦闘になるかどうかは分からないが、最初は前線に立つ必要がある。まあ、先端が開かれたら全体を指揮する必要もあるから、最前線で剣を振るうだけではないがな」
「危ないことはお止めください。貴方様はリュエルミラの領主ですのよ。その身に万が一のことがあったらどうするのですか?それに、私も心配で平静を保てませんわ!」
縋るようなローライネにミュラーは首を振る。
「私は帝国軍を追われたとはいえ、軍人なのだ。戦いを望んでいるわけではないが、戦いの中にこそ私の居場所がある。心配してくれるのはありがたいが、この程度のことで平静が保てないと言うなら私と共にいることなど不可能だ」
突き放すようなミュラーの言葉にローライネは口を噤むんだ。
ミュラーの婚約者として、そして将来的に妻となるならば覚悟を決めなければならない。
「大変失礼しました。私はミュラー様の無事のお帰りを祈りながら、後顧の憂い無いように、この館をお守りします」
ミュラーは頷いた。
その間にもオーウェン指揮下のリュエルミラ領兵中隊とアーネスト率いる仮採用の中隊が出動の準備を整えつつある。
しかし、急を要するとはいえ、準備を疎かにするわけにはいかない。
目的地までの行軍と、そこで予想される戦闘の準備のことを考えるとまだ時間が掛かりそうだ。
その時、フェイがミュラーの前に歩み出た。
「主様、私に考えがあります。私だけ先行して現地に行くことをお許しください」
「考えとはなんだ?」
「お話しすることはできませんが、防衛戦のための準備と情報収集であるとお考えください。お願いします、私を信じて何も聞かずに行かせてください」
ミュラーは考える。
フェイの言葉を信じることに躊躇いは無い。
自らについて多くを語らず、素性も分からないフェイだが、ミュラーは常に冷静な意見を述べるフェイに全幅の信頼を寄せている。
「分かった。私は準備出来次第、部隊を率いて後を追う。ただ、フェイ1人では危険だ。護衛を連れて行け」
しかし、フェイは首を振った。
「お気持ちはありがたいのですが、申し訳ありません。私1人で行かせてください。必ずやお役に立ってみせます」
フェイはまっすぐな目でミュラーを見ている。
ミュラーは頷いた。
「分かった、許可しよう。ただし、無理はするなよ」
「お約束します。現地でお待ちしています」
フェイは踵を返して館を出ると六角山羊に乗って北に向かって駆けて行った。
フェイが出立してから数刻後、出動の準備が整ったリュエルミラ領兵がミュラーの指揮の下、北の山脈の山道出口に向かって出動する。
ミュラーに従うのはオーウェン率いる正規中隊と、アーネスト率いる仮採用中隊の2個中隊、そしてミュラーの護衛のマデリアだ。
クリフトンとローライネは館の留守を守り、サミュエルはミュラーに代わりリュエルミラ全域を預かる。
ミュラーがリュエルミラに着任して初めて領内の治安維持以外の目的の軍事行動が始まった。




