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戦いの予兆

 リュエルミラの平穏な日々と共に季節は夏から秋へと流れた。

 ミュラーの減税策によって勤労意欲が湧いた領民達は今日を生き延びるためでなく、未来のために働く。

 農民達は作付量を増やし、商人、職人達もせっせと働いた結果、生活にゆとりが出るのはもう少し先になるだろうが、それでも、これから訪れる厳しい冬を乗り越える備えにはなりそうだ。


 ミュラーはフェイと今日の護衛担当のステア、行政所の農業担当者を伴って領内の視察を行っていた。

 領都から北の集落へと続く田園地帯で農民達が収穫作業を行っている。


「すごい・・・まるで黄金色の絨毯みたい」


 無口なマデリアと違ってステアは気さくに思ったことを口にするが、ステアの言うとおり、見渡す限り作物が豊かに実った田畑は日の光に照らされて黄金色に美しく輝いていた。

 ふと見れば、収穫作業を行っている農民に混じってパットや他の子供達が収穫の手伝いをしており、ミュラーに気付いたパットは満面の笑みを浮かべて手を振っている。

 

「今年は作付量が増えたうえに気候にも恵まれたこともあり豊作で収穫作業の手が足りないという喜ばしい状況になっています。そこで、所長の発案で孤児院に協力を依頼し、子供達に作業を手伝って貰っています。尤も、子供達の手伝い程度では労働力としてたかが知れていますが、子供達の健全な育成にも役立つでしょうし、所長としてもそれが狙いなのかもしれません」


 担当者の説明を聞いていると行政所長のサミュエルは大変なやり手の人格者であるかのように聞こえる。


「サミュエルのことだ、子供達の育成というよりは将来の労働力を育てるという意味だろうな。領内が豊かになれば人々は外に流れない。そうすれば安定した税収が見込めるというわけか」


 苦笑するミュラー。

 端から見ればミュラー自身も随分と穿った考え方をするもので、サミュエルと同類のようにも見える。

 そんなミュラーが収穫作業を眺めている傍らでフェイは担当者から今年の領内における作物の収穫量の見込みについての報告を受けた。


「主様、今年の収穫見込みならば税収として納められる中から帝都に納める分を差し引いてもリュエルミラとして流通や備蓄量に一定の余裕が期待できます。農民達の収益にしても、自分達で消費したり市場に卸す量にある程度のゆとりが生じると思われます」


 ミュラーは頷いた。

 ミュラーが考案した罪人を開墾に当たらせる事業も順調に進んでいて、来年には田畑として作付が始められそうだ。

 ミュラーの治政の下でリュエルミラ地方は徐々にではあるが、活気を取り戻しつつあった。


 視察を終えて館に戻ると、館の入口前に立つローライネがミュラー達を出迎える。


「おかえりなさいませミュラー様」


 ローライネはミュラーが仕事で外に出る際には必ず姿が見えなくなるまて見送り、戻る時には館の前で出迎えるのが習慣で、ミュラーが執務室に戻るとローライネが煎れたお茶とこれまたローライネが焼いた菓子で一息をつく。

 ミュラーにしてみれば保留の意味での婚約だったが、ローライネはその先に進む気は満々であり、その足場を固めている真っ最中で、今のところ引くつもりは無いようだ。

 しかし、ミュラーに出される朝食は相変わらず惨憺たるものなのだが、お菓子作りを趣味とするローライネの焼き菓子はお世辞抜きで美味い。

 そこに疑問を感じたエマがさり気なく聞いてみたところ


「お菓子作りはキッチリと分量を計り、手順と火を入れる時間どおりに作れば失敗はしないですの。そして、その手順にアレンジを加えてオリジナリティを出すのが面白いのですわ」


とのことだ。

 それならば朝食を作るのも同じなのでは?と思ったら


「毎日の食事は経験と勘、そして愛情が大切です。マニュアルどおりに作ればいいというものではありませんわ。そして、たまに失敗するのも妻としてお茶目で可愛げの一つです」


と、まるで普段は成功しているかのような物言いにエマはため息をついた。

 エマの苦悩はまだ続きそうだ。


 そんなエマの考えなどつゆ知らず、今日もほのかな香草の香りが隠し味のクッキーとお茶で午後の一時を楽しんでいのだが、そんな矢先に届けられたのはリュエルミラに戦いが迫っている知らせだった。

 

 行政所長サミュエル自らが出向いて報告してきたのは、北方の山脈を越えてリュエルミラに向かっている武装集団があるとのことだ。


「リュエルミラを拠点とする広域商人の1人が通報してきました。規模は4百人程、2個大隊規模で、装備が統一された集団です」


 サミュエルの報告にミュラーの表情が険しくなる。


「北のゴルモア公国の正規部隊ということか?」

「はい。険しい山道を大部隊が移動しているので、山脈を越えてくるのにはまだ日数を要しますが、こちらにも余裕があるわけではありません」


 前触れ無しに軍隊が国境を越えてくるのだ、戦いを仕掛ける意図があることは間違いない。

 リュエルミラに戦乱の危機が迫っていた。

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