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ローライネの花嫁修業

 形式的とはいえ、ミュラーと婚約したということで、ローライネを受け入れられたと判断したエストネイヤ伯爵家の者達はローライネの持参金と輿入れの品々を置いて帰っていった。

 残されたのはローライネと彼女に付き従う2人のメイドのアンとメイ、そして護衛騎士のゲオルドだ。

 

 ミュラーはリュエルミラにおけるローライネ達4人の今後の役割について考えることが面倒くさくなりクリフトンに丸投げしたのだが、仕事が出来る男は速やかにそれぞれに役割を与えた。

 メイドの2人はそのまま館のメイドとして採用し、他のメイドと同じ業務を与えつつ、ローライネ付のメイドとしてローライネのサポートに当たらせることにし、護衛騎士のゲオルドは当面の間はそのままローライネの護衛に当たらせることにした。


 そして、ローライネにはミュラーの身辺を任せることにしたのだ。

 主な仕事はミュラーの朝食の用意、寝室の清掃、衣服の洗濯等、将来的にミュラーの妻となった時に備え、今のうちからその役割を担わせるという目論見であり、ローライネ自身もそれを希望したこともあり、ローライネの花嫁修業?の日々が始まった。

 

 ミュラーは長い軍隊生活の影響で、規則正しい生活が身についており、前日に就寝するのがどんなに遅くても、それこそ夜明け近くに就寝したとしても毎朝第6刻には目を覚ます。

 起床すると身支度を整えて、館の敷地内を散歩するか、剣技訓練等で時間を潰した後に早番のメイドが用意する朝食を取り、第8刻に執務を開始する。

 リュエルミラに着任した当初はミュラーが目覚める時間に合わせてクリフトンやマデリアは既に身支度を整えて執務室に待機していたが、現在は特段の事情がない限りミュラーが執務を開始するまではクリフトン達も仕事を始めないように厳命しているので、起床から執務開始までは館の敷地から出ない限りは1人で好きに過ごしていた。

 

 今日もミュラーは定刻に起床し、前日に用意されていた略装に着替えて庭に出て、剣の素振り等をして軽く身体を動かす。

 この間にローライネは調理場でミュラーの朝食の支度を進め、ミュラーが執務室に戻るのに合わせて朝食を運んできた。

 ミュラーの前に並べられたのは自称家庭的なローライネお手製のガリガリにまで焼かれたトーストに、これでもかというほどに焼きあげられて片面が焦げた目玉焼き、馬鈴薯がゴロゴロと入り、ゴリゴリとした食感のスープだ。

 人が人なら怒りだしても不思議ではない有り様の朝食だが、ミュラーは文句一つ言わずにガリガリ、ゴリゴリと異音をたてながら残さず食べ、その様子をローライネは嬉しそうに見ている。


 実は、ローライネが作る歯応えたっぷりの朝食について、館の厨房をあずかる料理人のエマ・クリフトンは夫に相談したことがあった。


「ローライネ様の作るミュラー様の朝食、あれで大丈夫なんですか?ローライネ様のために口出し無用と言われているから私は口出ししていませんが、お世辞にも美味しく出来たとは言えませんよ?」


 心配するエマにクリフトンも渋い顔だ。


「しかし、ミュラー様が何も言わないのだから私達が口出しするのも憚られるのだよ」

「あの料理がミュラー様のお口に合っているのでしょうか?」

「そういうわけではない。知ってのとおりミュラー様は軍隊生活が長かったのだが、そのおかげで食事に関する考え方が我々の知る貴族とは違うのだ。美味いに越したことはないが、そうでなくとも食べられるならば不満を言わずになんでも食べる。ということで、ローライネ様の作る料理も文句一つ言わずに食べているのだ」


 それを聞いて唖然とするエマ。

 このままではローライネが勘違いしたまま、ミュラーの朝食は愛情たっぷりの歯と顎、そして胃を鍛える食事になってしまう。

 しかも、今後の2人の関係によっては朝食のみに留まらず、他の食事にも影響する可能性がある。

 エマは早急に対策を講じる必要性を覚えた。


 そんなこととはつゆ知らず、領内の視察に向かうミュラーを見送ったローライネはご機嫌でミュラーの寝室の清掃に取り掛かることにする。

 

「失礼します」


 形式的に婚約したとはいえ、今のところ寝室での同衾は認められていないため、ミュラーが不在の寝室に一声掛けて入室するローライネ。

 聞けば、ミュラーが着任してから今まで、夜伽を命じられた者はいないらしい。

 正妻と3人の側室に10人以上の子供を儲けた父とは大違いだ。

 そんなことを考えながら先ずは室内の清掃を済ませるが、寝室は広いもののミュラーは寝るだけなので殆ど散らかったり、汚れたりしない。

 埃を払って床やテーブルを拭き上げれば日々の清掃は十分だ。

 その後にベッドメイキングに取り掛かるのだが、ミュラーのベッドを見てローライネはクスリと笑う。


「ミュラー様、相変わらずですわね」


 ミュラーのベッドは前領主が使用していたものをそのまま使っているが、それは4、5人が纏めて眠れるのではないかという程の大きさの立派なベッドだ。

 本来ならば毎日シーツを交換するのだが、ミュラーのベッドは2日に1回しかシーツを交換しない。

 というのも、広いベッドの空間を持て余したミュラーはベッドの右端か左端の位置にしか寝ないのである。

 今日右端に寝たら明日は左側という具合にベッドを使っているので毎日の交換は必要ないということだ。

 

 今日はシーツを交換する必要がないのでベッドを整え、ベッドの右側に置かれていたミュラーの剣を立てる台を左側に移動して終わり。


 その後、ローライネは館の庭園に出た。

 ミュラーの館の庭園には色鮮やかな花々が咲き誇っている。

 

「ご苦労様、サム。今日もお花がとても綺麗ね」


 大きな身体に麦わら帽子を被り花々の世話をしている庭師のサムに声を掛けた。


「奥様、こんにちは」


 人見知りなのか、やや緊張した様子で挨拶するサム。


「あなたは本当にお花が好きなのね。あなたが育てた花々は本当に綺麗だわ」

「そんなことない。ミュラー様、俺に庭の管理と花の世話を任せてくれた。それだけで腹一杯飯を食えるし、給金までくれる。だから俺は一生懸命働くんだ。俺、ここでの仕事が大好きだ。奴隷として売られそうなところを助けてくれて、ステアと一緒に雇ってくれたミュラー様のために頑張るんだ」


 一生懸命話すサムにニッコリと笑みを浮かべるローライネ。


「とても素晴らしいわ。そんなあなたが育てたお花をミュラー様の寝室に飾りたいのだけれど、どのお花がいいかしら」

「だったら、花瓶に活けても元気に咲く水洋花という花がいい」


 そう言ったサムは池に浮かんで咲いている水色の花を摘んでローライネに手渡した。

 

「ありがとうサム。とても良い香りの花だわ。これを飾ればミュラー様もゆっくりとお休みできると思うわ」


 花を貰ったローライネは上機嫌で館に戻る。

 

 ローライネの花嫁修業はまだ始まったばかりだ。

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