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ミュラーの決断

「思案したが、この話を受けるわけにはいかない」


 ミュラーの返答に項垂れたローライネは溢れ出る涙を必死に抑える。

 断られることは想定していたし、その覚悟もしていた。

 会ったこともない10歳も年上の男に拒否されてもどれほどのものでもない筈だ。

 しかし、実際にミュラーに拒絶されて自分でも分からない感情がこみ上げてきた。

 

(ダメ・・・家名を失っても貴族としてのプライドまで無くしてはダメ!)


 貴族の娘としての誇りで感情を捻じ伏せる。


「まあ、仕方ありませんわね。こんな不躾な申し出、断られて当然ですわ。・・・さて、困りましたわね、これからどうしましょう。世間知らずの貴族の娘、我ながらまともに働けるとは思えません。どこかの高級娼館にでも・・・」


 精一杯の強がりもここまでだった。

 抑えていた涙が溢れ出る。

 自分は貴族の娘としてたった1度のチャンスを掴み損なったのだからそれが運命だと受け入れるしかない。

 しかし、今まで自分に尽くしてくれた3人だけは、これから堕ちてゆくだけの運命の道連れにしては駄目だ。 

 こうなったら、この場で土下座し、ミュラーの足に縋り付いてでも3人だけは守らなければならない。


 拒絶された時点でエストネイヤ伯爵家の娘としての役目は終わり、その立場も失ったのだ。

 プライドも何もかなぐり捨ててミュラーに縋ろうと顔を上げたローライネが見たのは、意外な光景だった。


「えっ?」


 ミュラーがオロオロと周囲に助けを求めるように視線を送るが、背後に立つ執事は目を伏せて首を振り、前髪で両目を隠したメイドは相変わらず無表情。

 そして、ミュラーの横に座る側近のエルフは呆れたような目でミュラーを見ている。

 まるで「あ~あ、泣かした!」とでも言わんばかりだ。

 誰からも助けの手を差し伸べられなかったミュラーは慌てて話を続ける。


「待て待てっ!話は終わっていない。最後まで話を聞け」

「えっ?どういうことですの?」


 瞳一杯に涙を溜ながらミュラーを見つめるローライネ。

 この攻撃にミュラーは為す術がない。

 しかも、執務室にはミュラーとローライネの他に幾人もの関係者がおり、ミュラー側としても席を外しているステアの他に3人の味方がいる筈だが、どういうわけかミュラーは孤立しているような気がする。

 取りあえず場を落ち着かせなければならない。


「確かに、今回の件は俄には受け入れ難い。しかし、其方から提示された条件はリュエルミラにとっても有益なものであると考える」


 ローライネの前に僅かな希望の光が灯る。

 今度こそ機会を逃してはいけない。


「そう・・・そうですわ!私はエストネイヤ家と縁が切れる者です。父が、エストネイヤ伯爵が何を企んでいようとも、正式な契約なりがなされていない限り、後から伯爵に何を言われようともミュラー様がそれに従う義務はありませんわ!」


 自らが送り込まれた刺客である疑惑すらある中でローライネは必死にその手を伸ばす。


「それは分かるが、ことはそんなに簡単なことではない。上辺だけの利益に魅せられて伯爵の罠に嵌まる可能性の方が高いのだからな。そもそも、たった今初めて会った貴女ですら伯爵の刺客である疑惑が晴れてはいない」

「・・・そう、ですわね」

「そこで私は考えた。この度のエストネイヤ伯爵からの縁談について、当面は棚上げ、保留としたいと思う」

「どういうことですの?」

「対外的には婚約という形式を取り、周囲の反応を見る」


 希望の光に指先が掠めた。

 

「それはっ・・・」


 ローライネの言葉をミュラーが制する。


「しかし、一番の問題が残されている」

「?」

「貴女自身の気持ちだ。会ったこともない10歳も年上の辺境の領主に嫁ぐこと、頭では理解しているだろうが、気持ちは納得していないだろう。私は軍隊生活が長くそういった色恋沙汰には疎いし、婚姻など考えてもいなかった」


 直属の部下にオーウェンを始めとして既婚者や恋人がいる者が多いことを棚に上げて自分の経験不足を誤魔化すミュラー。


「しかし、貴女自身はどうだ?貴族の常識は知らんが、貴女はまだ若い。望んでもいない男に嫁いでその先の人生を委ねるのはあまりにも辛いのではないか?」

「いえ、そんなことはっ!」

「そこで、取りあえず婚約という形を取り、貴女には判断する時間を与え、私は周囲の反応を見る。どちらも上手くいかなければ婚約を解消すればいい。これが私が提示する妥協案だ」


 ローライネは未来を掴んだ。


「はい・・・はいっ!お願いします。私をお側に置いてください」


 ローライネの瞳から溢れる涙はいつの間にか安堵と喜びの涙へと変わっていた。

 ミュラーは交渉の場における女性の涙は反則だとつくづく思う。

 

「但し、我がリュエルミラは人手不足でただ飯を食わせる余裕は無い。貴女に従う3人は当然のこと、貴女にも働いてもらうぞ。それでも良いならばこの館に滞在することを認めよう」


 ローライネは立ち上がると両の手を揃え、深々と頭を下げた。


「よろしくお願いします。私、ローライネはミュラー様に誠心誠意お尽くし致します。私、こう見えて家庭的で夫を立てますし、一途で、尽くすタイプですの」


 ローライネはアピールポイントをしれっと増やしていた。

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