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エストネイヤ伯爵の策略

 リュエルミラ簡易監獄の騒動の翌早朝には南方の襲撃事案も鎮圧したとの報告が来た。


 オーウェン達領兵隊は15人の盗賊を討ち取り、12人を拘束したとのことだ。

 拘束した中には盗賊の一味ではない者が含まれているというが、おそらくはオルコット家の手の者だろう。

 領兵側の損害は重傷者が1人、軽傷が5人。

 重傷といっても傷が深いだけで1カ月間も療養すれば復帰出来るそうだ。


 もう一方の魔物の襲撃を受けた集落は被害が大きく、疾風の刃傭兵団が応援に駆け付けるまでに集落の住民12人と衛士1人、冒険者2人の犠牲者が出ていた。

 それでも疾風の刃傭兵団が到着すると瞬く間に魔物達や魔物を操っていた怪しげな者数名を殲滅したらしい。

 今は傭兵団が現地に残り、集落の復旧に手を貸しているとのことだ。


 その報告を聞いたミュラーは直ちに被害を受けた集落に領兵を派遣すると共に傭兵団を呼び戻すように命令を下した。


「集落の復旧が最優先だが、領兵の増強も急がなければならない。傭兵団を正規戦力に編入するために仮採用を済ませてしまう」


 執務室でフェイやクリフトン、サミュエルを前に領兵の増強を決意するミュラー。

 更に領内における新規事業計画を立ち上げた。


「色々と考えていることはあるが、手始めにリュエルミラの穀物の収穫量を増やしたい。領都と館の間にある草原の一部を開拓して農地にする」


 ミュラーの計画にサミュエルが首を傾げる。


「穀物の収穫量についてはミュラー様の減税対策に伴い、農民達が作付け量を増やしており、今後の収穫量は増加が期待できます。その上で更に収穫量を増やすと値崩れの可能性があります。そもそも、新たに農地を開拓するにも、農民達は自分の農地の管理で手一杯で人手が足りません」


 サミュエルの意見にミュラーは頷く。


「確かに、サミュエルの言うとおりではある。しかし、私の計画しているのは新たに流通させるための穀物を育てる農地ではない。収穫量が安定し、領内も落ち着いたら流通させることも考えるが、当面はいざというときに備えた備蓄用の穀物だ。それに、人手については最近の各種事件で捕縛した罪人の労役を当てる。収穫した物の一部は彼等の食い扶持にするから待遇改善にもなるだろう」

「罪人を開拓事業に当たらせるのですか?我がリュエルミラにはしっかりとした監視体制がありませんので、逃走や反乱の可能性が生じます」


 更に異を唱えるサミュエルだが、その懸念についてもミュラーも考えている。


「開拓予定地は領兵の駐屯地と演習場付近にして逃走事案に即応できるようにする。そして、それでも逃走や反抗をする奴がいたら容赦はせず即刻射殺すことにする」

「それは・・・」

「ミュラー様らしくありませんね。恐怖でのねじ伏せは不満を蓄積させ、大きな反動を招くことになりかねませんよ」


 珍しく強行な姿勢のミュラーにサミュエルとクリフトンが驚きの声を上げる。

 フェイは予めミュラーの計画を聞いているので普段どおりの無表情のまま。

 尤も、クリフトンはフェイの他にミュラーの相談を受ける立場ではあるが、館の管理をする執事なので余程のことがない限りはミュラーの政策に口出しをするつもりはないので、真っ向から異を唱えるのはサミュエルだけだ。


「まあ、これは最終手段で、そもそも逃走など企てようとしない待遇を約束する。先ずは、しっかりと働く者には腹一杯食わせてやるし、賃金も支払う。まあ、これは一般労働者の半額以下の額だが、それでも無いよりはマシだ。更に休息も大切だ。交代で週に1日は休養日を確保する。そして、制限付きだが外部との手紙のやり取りや面会も許可する。望むならば家族がリュエルミラに移住することも認めよう」


 厳しい労役を課せられるだけの罪人に対して大胆な待遇の改善だ。


「・・・なるほど。初期投資に多少の予算が必要ですが、見方を変えれば低賃金で労働力を確保するということですか」

「そういうことだ。とりあえずは農地の開拓と備蓄用の穀物の生産だが、ゆくゆくは他の事業も考えてはいる。尤も、労働力を罪人にばかり期待するわけにはいかないから、今後は一般労働者の呼び込みが課題だな。まあ、結局は人手不足にぶち当たるな」


 ミュラーの事業計画の展望と愚痴にサミュエルも頷いた。


 ミュラーの計画の説明も一段落して、ひとまずお茶を飲みながら休憩としていたその時、クリフトンが若い従僕に呼ばれた。

 なんでも、ミュラーへの来客だということで、クリフトンが用向きを確認しに行ったのだ。

 執務室の窓から庭園に停車している馬車を確認するサミュエル。


「馬車に記された紋章はエストネイヤ伯爵家のものですね。ミュラー様、心当たりはありますか?」


 サミュエルの問いにミュラーは首を振る。


「いや、園遊会でもエストネイヤ伯爵とは挨拶を交わしただけで、特に衝突もなかった。・・・そういえば、伯爵は別れ際に贈り物がどうとか言っていたが、その後は何の知らせも受けていないな」


 そんなことを話している間にクリフトンが真剣な表情で戻ってきた。


「ミュラー様、エストネイヤ伯爵家のご息女が面会を求めています。用件はミュラー様に直接お伝えするとのことです」


 クリフトンの報告にサミュエルが首を傾げる。


「前触れも無しの来訪に、用向きも告げずに領主への直接の面会希望。随分と礼を失する行為ですね。警戒した方がいいですね」


 サミュエルの意見も尤もだが、話を聞いてみないことにはどうにもならない。


「分かった、会おう。こちらに案内してくれ」


 ミュラーの指示にクリフトンは首を振った。


「来訪しているのはエストネイヤ伯爵家の七女のローライネ・エストネイヤ様です。彼女は家督の継承権を持たない側室の娘ですが、エストネイヤ伯爵令嬢であることに変わりはありません。ミュラー様は制服にお着替えになり、謁見の間でお目通りください」


 普段は使わない謁見の間での面会と聞いてミュラーは眉をひそめる。


「そんなにかしこまる必要があるのか?」

「用件は分かりませんが、礼を失する相手に対してこちらの権威を示す必要があります。ご息女は応接室でお待ちいただいておりますので、ゆっくりとお着替えください」


 つまりは礼儀を弁えない相手は多少待たせてもいいということらしい。

 ミュラーにとってはどうでもいい腹の探り合いだが、ここはクリフトンの意見に従うことにする。


 きっちり半刻後、制服に着替えたミュラーは謁見の間でエストネイヤ令嬢が案内されてくるのを待っていた。

 背後にはマデリアとステアが控え、左手にはフェイが立ち、ミュラーは謁見の間に拵えられた立派な椅子に座する仰々しい雰囲気だ。


「エストネイヤ伯爵家ご息女ローライネ・エストネイヤ様をご案内しました」


 クリフトンに案内されてきたのはメイド2人と年配の護衛の騎士を連れた年のころ20代半ばの女性だった。

 

「リュエルミラ領主、ミュラー様。お初にお目にかかります、エストネイヤ家の七女、ローライネ・エストネイヤでございます」


 隙の無い所作のカーテシーで名乗ったローライネは真っ直ぐにミュラーを見た。


「私ローライネはミュラー様の下に嫁ぎに参りました。ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いいたします」


 いきなりとんでもないことを言ってのけるローライネ。


 クリフトンは動揺したが踏み止まった。

 マデリアとステアは精神抵抗に成功、平静を保った。  

 フェイには通用せず、その表情は変わらなかった。


 ミュラーは石化した。

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― 新着の感想 ―
[一言] いきなりすぎる。 意表を突きすぎ&分かり易い取り込みですが・・・そしてミュラーさんの動揺っぷりがw
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