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リュエルミラ簡易監獄

 リュエルミラ簡易監獄は行政所に併設された衛士隊詰所の敷地内にある。

 主に単純窃盗等の軽犯罪を犯した罪人を収容し、殺人等の重犯罪者を帝都の監獄に送る前に一時的に収容する施設だ。


 辺りは闇に包まれ、人々が寝静まった夜中、リュエルミラ簡易監獄に5人の人影が侵入した。

 見張りの衛士を毒の吹き矢で黙らせて闇に紛れて内部に入り込んだ彼等の目的は監獄に収容されている人物を奪還すること。


 監獄の看守というのは役人ではあるが、総じて士気やモラルが低い者が多く、その隙を突くことは彼等にとって容易いものだ。

 現に侵入してみれば当直の看守達は詰所でカードゲームや居眠りをしていて定期的な巡回などしていない。

 警戒が薄いことをいいことに、侵入者は予め用意していた制服を身に纏い、看守に扮して目的の人物を捜すために各房を回るが、一般の房には目的の人物は居ない。

 ならば、上階にある重犯罪者用の房だ。

 建物2階にある重犯罪者用の区域には5つの房があるが、使用されているのは1つ、一番奥の房のみだ。

 侵入者達は分散して周囲の警戒をしつつ、1人が奥の房に向かい、中に居る目標に声を掛ける。


「フランク様、フランク・オルコット様」

「・・・誰だ?」

 

 呼び掛けにビクリと反応し、おそるおそる返事をするフランクと呼ばれた男は先の奴隷売買で摘発されたがその素性を明かさなかったために拘束されていた者だ。


「ロバート様の命によりお迎えにあがりました」

「おお、父上が・・・早く助けてくれ!」


 フランクの求めに頷いて房の解除に取り掛かったその時。


「残念だが、そこまでだ!」


 鋭く響き渡る声を上げたのはミュラー。

 背後では看守達が階下へと続く階段付近の警戒をしていた男2人を制圧しながら通路を封鎖している。


「単純な陽動だったが、なるほど、オルコット男爵が息子を奪還するためのものだったか」

「・・・」

「しかし助かった。本名が分からないとはいえ、何時までも記号で呼んでいては失礼だと思っていたところだ。そうか、オルコット男爵家の者だったか」

「・・・」


 侵入者達は無言で剣を抜いた。


「止めておけ、貴様等は我々を甘く見過ぎだ。看守の警戒が緩い夜中を狙ったようだが、ここの看守は優秀だ。堕落したふりをして貴様等を誘い込むことくらいは容易いものだ。因みに、貴様等が毒で無力化したと思っている見張りも無事だぞ。貴様等の目的のために貴重な人材を失うわけにはいかないからな」


 敢えて挑発するように語りながら剣を抜くミュラー。

 残る3人の侵入者はそれぞれに剣を構えながらジリジリと後退する。

 しかし、その中の1人、おそらくは頭目だろう、が足を止めてミュラーに向かって口を開く。


「つまり、全てお見通し、準備万端で待っていたということか?」

「全て、というわけではないがね。私を敵視する者は多くいるだろうが、今行動を起こすとしたらここを狙うだろうと思っただけだ」


 肩を竦めるミュラー。

 頭目の男は剣を下ろして小さく頷いた。

 

「こうなったらフランク様をお救いすることも叶わないか・・・」


 頭目の声に後ろの2人は剣を捨てて両手を上げ、投降の意思を示す。


「抵抗しなければ部下の命は助けてくれるのか?」


 頭目の問いにミュラーは頷く。


「それは約束しよう。脱獄幇助の未遂だ、死罪が適用される程ではない。・・・ところで、部下達の心配はしているが、貴様自身はどうするのだ?」


 頭目は剣を下ろしてはいるが、捨ててはいない。

 ミュラーは油断なく頭目を観察する。


「私は投降するわけにはいかない。私のせいで救出を失敗したばかりか、オルコット家のことまで露呈してしまう大失態だ。せめて私だけでもお前に一矢報いなければならん!」


 言うや否や、頭目はミュラーに向かって斬り掛かってきた。

 それはミュラーの予想を遥かに超えるスピードだ。


「クッ!」

   シュッ!


 咄嗟に剣で弾いたが、思いのほか鋭い斬撃にその軌道を逸らしきれず、その切っ先がミュラーの頬を掠めて鮮血が飛び散った。

 ミュラーも即座に剣を振るうが、すんでのところで仕留め損ねる。


「領主様っ!」


 看守達が加勢しようとするが、ミュラーは振り向くことなくそれを制した。


「来るな。此奴は相当な手練れだ!下手に乱戦になると奴の思うつぼだ。お前達は他の連中が逃げないように監視しろ!」


 ミュラーの言うとおり、看守達が加勢して乱戦になると却って危険であり、下手をすると敵を取り逃がしてしまうかもしれない。

 この場はミュラー1人の実力で制する必要があるのだ。


 ジリジリと間合いを詰めたミュラーは一足の間合いに入った瞬間、頭目の懐に飛び込んで剣を斬り上げた。

 頭目は剣で受けようとするが、ミュラーの剣撃は鋭く、重い。 

 頭目の剣を跳ね返し、バランスを崩したところに更に踏み込んで、剣を一閃し、その脇腹を深く斬り裂いた。


「グッ!」

 

 咄嗟に飛び退くが、思わず剣を落として膝をつく頭目。

 ミュラーの剣は必殺の一撃ではなかったが、決着の一撃にはなった。


「終わりだ。傷は深いが今なら助かる。投降しろ」

 

 喉元に切っ先を向けて再度警告するミュラー。

 しかし、頭目はミュラーの警告には従わなかった。

 自分に向けられた切っ先が首を抉るのも厭わずに飛び出した頭目はミュラーに当て身を食らわせ、懐からナイフを取り出しながらミュラーの背後に立つフェイを狙う。


 表情を変えないフェイが向かってくる頭目に向けてその手を翳すと、その周囲が凍り付く程の冷たい魔力に包まれた。

 しかし次の瞬間、フェイはハッとしたようにその手を下ろし、それと同時に彼女を包む魔力が消し飛んでしまう。


「フェイッ!」

 

 頭目のナイフがフェイに届く直前、ミュラーの剣がナイフを持つ頭目の腕を斬り飛ばし、更に剣を翻して背中から突き刺した。

 

 ミュラーの剣に貫かれ、絶命して崩れ落ちる頭目。

 他の男達は投降する意思を覆えず、抵抗することなく看守達に拘束された。


 決着がつき、監獄内に静寂が戻る。

 捕らえられた男達は看守達が連行していき、房の中のフランクは腰を抜かして、諦めの表情で震えている。


 そんな中でフェイがミュラーを見上げた。


「主様、助かりました。ありがとうございます」


 特に危険を感じた様子もなさそうだが、ミュラーに礼を述べるフェイ。

 ミュラーもそれを分かっていながら肩を竦めた。

 

「魔法が使えない・・・のだろうから、あまり無理をするな」


 ミュラーの含みを持たせた言葉にフェイは視線を逸らす。


「はい、申し訳ありません」


 こうしてリュエルミラ簡易監獄における騒動は幕を閉じた。


 その頃、エストネイヤ伯爵家の馬車の車列がいよいよリュエルミラ領内にまで到達し、領都へと向けて進んでいた。

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