疾風の刃傭兵団
その知らせはミュラーが仮採用しようとしている疾風の刃傭兵団を閲兵している最中に届いた。
閲兵といっても大それたものではなく、傭兵団の編成と戦力確認をしているだけだ。
ミュラーの前に整列した疾風の刃傭兵団は、ランバルトの説明したとおり、傭兵団とは思えない程に規律が保たれている。
そして、何よりも特筆すべきは、その部隊編成だ。
参加する作戦によって編成を変えるが、基本的には団長であるアーネスト直属の騎兵が10騎、盾を装備した剣士隊20人が主力となり、10人の弓隊が支援する編成らしい。
実動戦力は40人程だが、その他に独自で5台の馬車を有しており、それを15人からなる輸送・救護隊が運用し、迅速な作戦展開が求められる際には歩兵を馬車に乗せて騎馬隊と共に戦場に突っ込み、馬車から飛び降りた歩兵が即座に戦闘行動に移ることが可能ということだ。
当然ながら輸送・救護隊の隊員も武装していて戦闘参加も可能であり、疾風の名に恥じない機動力と即時展開能力を有している。
「ランバルトめ、売りつける商品の質の良さは間違いなさそうだな」
ミュラーの率直な感想にフェイも頷いた。
その矢先、南西の警戒に出ているオーウェンからの伝令が駆け込んできたのだ。
「南西端の集落が盗賊団の襲撃を受け、オーウェン隊長等が迎撃に当たっています。更に、別の集落が魔物の群れに襲われ、衛士隊と冒険者達が迎え撃っています。オーウェン隊長等は問題ありませんが、もう一方は劣勢です!」
まさかの2カ所同時攻撃。
直ぐにでも応援を差し向ける必要があり、ミュラー自らが赴こうとしたその時、ミュラーの背筋が寒くなる感覚を覚えた。
「どちらかが陽動なのか?それとも・・・」
「主様?」
急に黙り込んだミュラーの顔をフェイが覗き込む。
ミュラーはランバルトの言葉を思い出す。
「私には敵が多い・・・。敵とは何だ?何を目的として領都から離れた集落を襲う?」
考え込むミュラーにフェイが語り掛ける。
「報告にある敵の戦力が貧弱に過ぎます。仮に集落を落としたところで敵の行動は直ぐに限界に達します。戦力不足のままでの2カ所同時攻撃の目的は主様自身をおびき寄せることだと推察します」
「なるほど・・・」
フェイの進言にミュラーも頷く。
「私を誘っているのだったら、敢えて乗ってみるか?」
ミュラーを誘い出して命を狙うなら敵の策に乗ってみるのも手だ。
しかし、フェイは首を振る。
「考えが短絡に過ぎます。主様のお命を狙ってのことであるとは限りません」
フェイに嗜められてミュラーは再び思案する。
「私を領都から離れさせて、他に何を狙う?領都を攻めるためにはある程度の戦力は必要だが、そんな動きは無い。だとすれば少人数での作戦か・・・」
「・・・」
フェイは既に結論に達しているが、敢えて口には出さずにミュラーの判断を待つ。
「・・・そういうことか。ランバルトめ、私を試したということか」
ミュラーもフェイと同じ結論に達した。
「試す、という側面もあったでしょうが、あの者は生粋の商人です。不確定な商品は売らないということでしょう」
「まあ、試されたとしても悪い気はしないがな。フェイの言うとおりあれは商人としての確固たる矜持を持っているのだろう。まあ、悪党であることには変わりは無いがな。だとすれば、その期待に応えてやろう」
しかし、襲われている集落に応援を差し向ける必要があることには変わらない。
整列していた疾風の刃傭兵団の団長であるアーネストが前に出た。
「領主様!我等を使ってください。領兵としてでなく、傭兵としてで結構です。必ずやお望みの戦果を挙げてご覧にいれます。これを疾風の刃傭兵団としての最後の仕事し、我等の実力を示しましょう」
疾風の刃傭兵団を領兵として編入するにしてもまだ使う予定はなかったのだが、その機動力は魅力的だ。
「主様、彼等の言うとおり傭兵団としての契約ならば問題は無いと考えます」
フェイの言葉でミュラーは決断した。
そもそも、迷っている暇はない。
「よし、行けっ!魔物に襲われた集落を守ってみせろ」
ミュラーの命を受けたアーネストは頷くと、直ちに行動に移った。
騎馬隊はそれぞれ騎乗し、その他の者は馬車に分乗する。
瞬く間に出撃準備を整えると、正に疾風の如き速さで南に向かって出撃していった。
「確かに速い。あの馬車も乗り心地など度外視して強度と速度に特化したものだ。これは良い買い物だったかもしれんな」
「はい」
疾風の刃傭兵団を見送るミュラーとフェイ。
しかし、ミュラーも直ぐに次の行動に移らなければならない。
敵は今夜にでも動きを見せる筈だ。