孤児院訪問
ミュラーはサミュエルを伴い、保護した子供達を連れて領都の外れにある孤児院を訪れた。
古い教会に併設された孤児院は建物全体が草臥れているが掃除が行き届き、清潔が保たれている。
掃除や草むしり等の手伝いをしている子供達を見ても痩せてはいるが、血色は良く生き生きとしていた。
孤児院を運営するシスターは、背筋の伸びた凜とした中年女性だ。
ミュラー達が連れてきた子供達の受け入れも二つ返事で了承してくれた。
「シーグルの女神は全ての人々に救いの手を差し伸べます。私はシーグル神に仕える信徒として、そのお手伝いをしているだけです。しかし、神の救いと世の理は時として相反するものです。この度の領主様の申し出はとても有難いもので、この一時金は寄付として有難く頂戴いたします。しかし、補助金に関しては今までのものでも身に余ることで、これ以上の補助はご辞退申し上げます」
ミュラーの差し出した一時金を受け取るも、領主からの補助金については固辞するシスター。
とはいえ、一時金は本当に一時的なもので、新たに示した補助金についても決して十分とはいえない額だ。
ミュラーの考えにフェイやサミュエルの助言を考慮し、最低限の衣と食を保障するためと、新たなる人件費に充てられるもので、それ以上を望むならば自助努力が必要な額で、決して贅沢ができるものではない。
「そうは仰っても、教会と孤児院の運営の両立には限界があるでしょう。そもそも、シスターの本職は神官として祭事を取り仕切ることで、孤児院の方は無償の奉仕です。孤児院の運営が負担になって神官としての職に支障が出ては本末転倒だ」
サミュエルの言葉にシスターは首を振る。
「いいえ、祭事も大切ですが、困った人々、それも国の将来を担う子供達を救うのも神官としての役割です。その2つに軽重はありません」
「シスターの崇高なる意思には感服します。しかし、私やミュラー様は現実的に神の慈悲に縋らずに打算的な考えをしてしまいます」
罰当たりな発言に、ミュラーを混ぜ込むサミュエル。
しかし、ミュラーは信仰を持っておらず、サミュエルの言葉も間違いではないので何も文句は言えない。
「私達が示した新たな補助金は孤児院の今後を考慮したものです。悲しいかな、領内に限らず、国内には多くの孤児達がいます。それこそ、孤児という不幸な立場でも、孤児院に入れた子供達はまだ幸せです。その不幸の中の幸せですら掴めなかったのが今回保護した子供達です。そういった子供達は今後も増えると予測しています。それを見越して収容能力の強化と人件費を含めた増額です」
「人件費?」
「はい、調理や清掃等、子供達の手伝いがあっても手が足りず、それがシスターの負担になっている筈です。しかし、これは神に頼まずとも金で解決できます。因みにですが、子供2人を連れた母親ですが、直ぐにでも住み込みで働くことができる人材を紹介できます。それで足りなければ、他に1人か2人は増員できます。お間違えいただきたくないのですが、私やミュラー様は奉仕の精神などは持ち合わせていません。あくまでも損得勘定で未来の人材を損なわないための先行投資です。ですので、金銭と人員的にできた余裕を子供達の教育に充て、補助した金に見合うだけの人材を育ててください」
サミュエルはそのために保護した人員を確保したのだろう。
それにしても、サミュエルは相変わらずしれっとミュラーを悪役の側に混ぜ込んでくる。
怒ってもいいのだろうが、何も言い返せない。
何よりも背後に控えるフェイとマデリアが表情を変えず、何も言わないのが釈然としないのだ。
サミュエルの話を聞いたシスターは頷いた。
「分かりました。有難く受け入れさせていただきます。当面はそのお子さんを連れた方が我が孤児院に来てくだされば十分です」
「そうですか。それでは本日中にこちらに連れて参りましょう」
こうしてシスターにとっては孤児院の補助金の増額の提案、サミュエルとミュラーにとっては商談がまとまったのである。
話が一段落した時、シスターがふと思い出したかのように口を開いた。
「そうでした。私ったら、大切なことを忘れていました。領主様にパトリシアのこと、お礼を申し上げなければいけなかったのでしたわ」
「?」
「あの子ときたら、領主様に助けていただいたにも関わらずに不躾にも領主様のお館でご馳走になっているとか・・・」
「?」
心当たりの無い話にミュラーは首を傾げる。
「本当に、パトリシアときたらお転婆で、領主様にご迷惑をお掛けしていませんでしょうか?」
「パト・・リシ・ア?」
考え込むミュラーの様子に気付いたサミュエル、フェイ、マデリアが信じられないという表情を浮かべる。
「ミュラー様、まさか・・・」
サミュエルの問いにミュラーは益々首を傾げた。
「ハァ・・・。主様、パットのことです」
諦めた様子でフェイが助け船を出す。
「パット?ああ、パットのことか!えっ?彼奴、パトリシアなんて女みたいな名前だったのか?」
サミュエル、フェイ、マデリアが盛大にため息をついた。
「あの、主様、パットは・・・」
「そういうところだよ!おじさん!」
フェイの言葉を遮って室内に入って来たのはパットだ。
普段とは違い、質素ながら可愛らしいワンピースを着ている。
「あれ?お前、パットか?」
混乱しているミュラーにつかつかと歩み寄るパット。
「おじさん!勘違いしているようだけど、僕は女だからね!」
パットの言葉に仰天するミュラー。
「だってお前、自分のこと、一度でも女だなんて言ったか?」
「じゃあ聞くけど、僕が自分のことを一度でも男だと言ったことがある?」
「・・・・」
ミュラーは言葉を失った。
「おじさんが僕に話し掛ける様子を見ていて多分勘違いしているだろうなって思っていたんだよ。でもね、普段の僕は動きやすいから男の子みたいな服装をしているけど、立派な女の子だよ。それを教えてやろうと思って今日はこの格好をして待っていたんだよ!おじさん達が来た時だって他の子に混じって掃除の手伝いをしていたのに、全然気付かなかったよね?」
パットに詰め寄られたミュラーは周囲に助けを求めるが、サミュエルは巻き込まれまいと視線を逸らし、フェイとマデリアは普段よりも冷たい視線を向けてくる。
ミュラーは観念した。
自らの非を認めるのも男の度量だ。
「パット、申し訳ない。確かに私は勝手に思い違いをしていた」
ミュラーの謝罪にパットは無い胸を張って満足そうに頷いた。
「よろしい!代わりに今度またご馳走してね。そうだな、孤児院の皆でね」
調子に乗るパットにシスターは恐縮しきりだか、ミュラーは何も反論出来なかった。