未来の希望
ステアとサムの姉弟は奴隷商人に買われる前には他国の地下闘技場で闘奴として戦っていたとのことだ。
生きるために戦って、戦って、日々を生き延びて、何時しか2人は地下闘技場で最強にまでなっていた。
あまりにも強くなり過ぎて地下闘技場での賭けが成立しなくなったところで奴隷商人に売られたらしい。
その後、ステアは商品価値を上げるために女給としての所作を身につけさせられたが、サムは何の技術も会得することが出来なかった。
「サムは私と一緒じゃないと何も出来ないから2人1組で売られたんです」
「俺、毎日毎日戦った。人も魔物も沢山やっつけた。でも、俺、戦うの嫌だった」
心根の優しいサムには地下闘技場での戦いの日々は一際辛いものだったのだろう。
ミュラーはサムの前に立つ。
そして、自分よりも頭二つ分は大きなサムを見上げた。
「サムはもう無理に戦う必要は無い」
「俺・・・本当に、本当にもう戦わなくていいのか?」
サムは嬉しそうに、それでいて不安を隠すことができない表情で聞いてくる。
「ああ、今後はサム自身が守るべき大切なもの、姉でもいいし、友達でもいい。それらを守るため、自分自身が戦わなければならないと思った時にのみ勇気を振るえ。戦いとは何も力ずくでのものだけではないぞ」
「??・・・よく分からないけど、俺、戦うのは嫌いだけど、ステアが傷つくのはもっと嫌だ。だから俺はステアを守る。俺の好きな人を守る」
ミュラーは頷いた。
「分かっているじゃないか。サムはもう誰からも強制されて戦うことはない。だがな、私は働かない奴には給金は払わないぞ。だからサムには私の館の庭師を任せる。広いから大変だぞ。雑草を刈り、花や木を育てるんだ。これは敵を倒すよりも大変かもしれんぞ?ただ、しっかりと働けば給金を払うし、腹一杯食わせてやる」
ミュラーの館は庭師が必要な状況ではないが、サムに無駄飯を食わせるつもりもない。
そして何より、サムには何か役割を与える必要があると考えたのだ。
「やる!俺、花や木を育てる!俺、花が大好きだ。領主様の庭を花で一杯にする」
サムの辿々しい言葉には希望があふれていた。
一方、姉のステアについても護衛メイドとして雇い入れることを決めたのだが、本来はミュラーに護衛は必要ない。
クリフトン達から体裁を整えるために従者を連れることを勧められたためにマデリアを護衛メイドとしてきたが、マデリアは責任感の強さから常にミュラーに付き従い、全く休もうとしないことが問題になっていた。
そこでステアをマデリア同様に護衛メイドとして雇えば、マデリアとステアが交替で休むことが出来、仕事と私事を両立することが出来るのだ。
ステアとサムに続いて他の被害者の今後の身の振り方が決められた。
それぞれに希望を聞いた結果、成人男性1人と成人女性3人が故郷へ帰ることを希望したため、故郷へ帰るための費用と暫く生活できるだけの金を支給し、更に成人女性3人には領兵を護衛に付けたうえで解放した。
残りの者は全て帰る当てがないということで、住居と職を斡旋したうえでリュエルミラに留まることになるのだが、それぞれの職についてはサミュエルが
「残りの者達の事は私にお任せいただきたいですね。ミュラー様ばかり人員を確保していますが、リュエルミラ全体でも人手不足は深刻なんです。子供がいる母親でも働き口はありますので、残りの者は私が責任を持ってお預かりします」
と言い張って、残りの者達の身柄を引き受けた。
そして、最後に残ったのは身寄りのない幼い子供が5人だが、子供達については選択の余地がない。
「子供達は孤児院に預けるしかないな」
ミュラーの言葉にサミュエルは同意するが、渋い顔だ。
「そのことについて異論はありませんが、領都にある教会の孤児院は運営が厳しいですよ。行政所からの補助と寄付でどうにか賄っていますが、限界に近いですね」
「それについてはパットから聞いて分かっている。領主として運用する予算を見直したところ、ある程度の余剰金が発生した。領主からも補助を出せば問題はないだろう」
「それでしたら、早急に孤児院のシスターに伝えた方がいいでしょうね。子供達を連れてきた、金も渡す。ではシスターも混乱してしまうでしょうから」
ミュラーはフェイを見た。
「よし、早速孤児院に行こうか。フェイ、孤児院への補助が可能な額は分かるか?」
「はい、帳簿を持ってきていないので概算になりますが。それよりも、たった今押収した金銭から一時金を交付すれば当面の運営資金になりますがいかがしますか?」
「それはいい考えだ。補助金を支給するまでの間はそれで賄ってもらおう」
フェイの進言に頷いたミュラーは保護した子供達を連れて孤児院へと向かう。
奴隷市場摘発作戦は終わり、被害者達の目の前には未来への希望の道が開かれたのである。