奴隷市場摘発3
摘発作戦は短時間で、完璧といってよい流れのままで終了した。
主犯である奴隷商人と洗脳の魔術を扱う魔術師を含め、その一味全員を拘束。
客の方は投降した15名を捕縛し、武器を持って逃走や抵抗を試みた17名中の12名を取り押さえ、5名を殺害した。
客についてはサミュエルと衛士隊によって徹底した身元確認が行われている。
そして、商品として売買されていた被害者28名全員を保護することができた。
成人男性5名、成人女性16名で、成人女性1名の幼い子供2名を含めた子供が7名。
それぞれの被害者の今後について考えなければならないが、それは後回しだ。
先ずは捕縛した奴隷商人や客の処罰を決めなければならない。
今回は帝国法に則った裁判を経ての刑罰でなく、リュエルミラ領主の権限を用いての即決裁判で処罰を決めることにしたミュラー。
摘発時に宣言したとおり、捕縛した者の命だけは助けることは決定事項だ。
それでも、本来は死罪となる主犯の奴隷商人を放免するわけにはいかない。
そこで、ミュラーは主犯である奴隷商人はこの場で押収した財産没収の上で帝都に送り、鉱山での5年以上の重労働とする。
そして、奴隷商人の8人の手下はリュエルミラ領内においてミュラーが計画している新規事業の労働力として強制労働に就かせる予定だ。
奴隷商人一味の処罰は決まったので次は客達の番である。
捕縛された客の全てが自分の身元を特定されることを恐れ、その説明を拒んでいたが、ミュラーが身元が明らかでない者は法に従って重労働の刑に処すると宣言したので、殆どの者の身元が判明した。
貴族や大商人等の富裕層が殆どであり、身元が判明した者は念書を作成したうえで奴隷商人同様にこの場での財産没収し、その後に放免した。
一見すると重犯罪を犯した者に対して甘過ぎる処罰に見えるが、ミュラーには考えがあるのだ。
客の大半の身元が判明する中、頑なに身元を明らかにしない者が4人いた。
実際にはサミュエルの情報によりスクローブ侯爵の遠縁の貴族とその従者であることが判明しているのだが、本人達がそれを認めず、念書の作成を拒んだため、身元不明として処理し、奴隷商人の手下同様にリュエルミラ領内での強制労働に就かせることにする。
これで捕縛した殆どの者の処罰が決定したが、ミュラーは現金のみでなく、身につけていた貴金属まで身ぐるみを剥ぐように没収したので相当な金額に及んだ。
帝国への報告とともに国庫に納められる額を差し引いてもかなりの額が残る。
最後に被害者達の処遇を決めなければならないが、その前にそれぞれにかけられた洗脳の魔法を解く必要がある。
天幕内に並んだ被害者は皆が虚ろな目で、自分達が助かりつつあることも理解していないようだ。
ミュラーの前に1人の中年の男が連れてこられた。
奴隷商人に従っていた魔術師であり、魔封じの枷をはめられているが、ニヤニヤと不気味な表情でミュラーを見上げている。
「全員の魔法を解いてもらおう。そうすればお前も本国には送らずに領内での強制労働に留めてやる」
ミュラーの言葉に魔術師は恭しく頭を下げた。
「何なりと。全て貴方様の命令に従いましょう」
枷を外された魔術師は被害者達の前に立つ。
「・・・・・」
小声で詠唱を始めた魔術師だが、直ぐにフェイがそれを遮った。
「止めなさい。ミュラー様の言われたとおりにしないならば、貴方の命もそれまでですよ」
魔術師の首筋に杖を向けるフェイ。
その様子を見てマデリアもミュラーの前に立ち、短剣を構える。
「ククッ。私なぞが考える姑息な手は通じませんか。・・・申し訳ありません。正しく解呪します」
魔術師が詠唱をやり直したのを確認したフェイはミュラーの傍らに立った。
「魔法を解くと見せかけて、別の洗脳を施そうとしていました。一旦は洗脳が解けますが、時を置いて発動する術です。おそらくは主様の暗殺でも企んだのでしょう」
「くだらんことを考えるものだ・・・」
フェイの言葉を聞いたミュラーは肩を竦めたが、特に驚きも、気にした様子もない。
魔術師の方も企みを看破されたにもかかわらず、それを予想していたかのように動揺もせずに被害者達の魔法を解いた。
役目を終えた魔術師は再び魔封じの枷をかけられる。
「職を失った機会ですので、貴方様に雇っていただこうかと思いましたが・・・いやはや、既に恐ろしい方をお側に置いていますね・・・」
フェイを一瞥した魔術師はニヤリと笑いながら天幕の外へと連れていかれた。
いよいよ被害者達の処遇を決めるが、そのためには術を解かれた被害者達1人1人から希望を聞く必要がある。
まず最初はミュラーが踏み込んだ際にランバルト商会に買われた姉弟だ。
「名は?」
天幕の中に設けられた小部屋でミュラーの前に座る2人。
「私はステアといいます。弟はサムです」
「それでは、2人は今後どうしたい?故郷に帰るならば、そのための費用と、暫くは困らないだけの金を渡そう。帰る当てが無いならばこのリュエルミラに住居を提供しよう。仕事を斡旋し、一時金を支給するが、どうする?」
ミュラーの説明に2人は顔を見合わせた。
そして、互いに頷くと、ステアが口を開く。
「私達に帰る故郷はありません。叶うならば、ここで領主様にお仕えさせてください」
ミュラーの下で働きたいと申し出るステア。
確かに人手不足なので有難い。
「何ができる?」
「私は女給としての所作を身につけていますし。武闘の心得がもあります。女給としても、護衛としてもお役に立てると思います。ただ、弟の方は余りお役に立てません。弟のサムはご覧のとおり、体格に恵まれ、力も強いですが、心根が優しい上に、知能が少し弱いので、戦い等のお役には立てません」
ミュラーは思案した。
ミュラーの周辺もまだまだ人手不足なので、ステアの申し出は有難い。
「よし、分かった。ステアは女給兼私の護衛として働いてもらう。それから、弟のサムは私の館の庭師にでもなってもらおうと思うが、どうだ?」
ミュラーの言葉に2人の表情が明るくなった。