奴隷市場摘発1
奴隷市場摘発に向けてリュエルミラ領兵はその準備を進めていた。
摘発の先陣を切る第1陣は機動力が求められるために騎馬隊とし、指揮を執るクラン以下10名の隊員とマデリアが訓練に励んでいる。
そんな訓練を眺めるミュラーとフェイ。
ミュラーは訓練初日で作戦行動に耐えられるだけの乗馬の適性無しと判断され、フェイに至っては本人が言ったとおり、馬の方が怯えてフェイを乗せようとしなかった。
「困ったものだな。これでは皆が騎馬で展開するのに走ってついていくことになりそうだ。体力的にはともかく、精神的に辛いな・・・」
「・・・はい」
肩を落とす2人。
「馬鹿なことを言わないでください。兵達が騎馬で駆ける後を領主とその側近が走っていくなんてみっともない!」
呆れたように声を掛けてきたのはサミュエルだ。
背後には走竜と呼ばれる二足歩行の竜と大型の山羊種を連れている。
「ミュラー様には走竜を、フェイ様には五角山羊を用意しました」
サミュエルが連れてきた走竜は軍で騎乗用としても用いられる竜種だ。
気性が荒い反面で主人には忠実であり、帝国にも走竜を操る騎士で編成された竜騎兵部隊があるが、走竜自体が希少であるため、1個中隊しか編成されていない。
そして、もう1頭の山羊は、馬ほどの大きさの大型の山羊で、山羊の角の根元に更に一対の短い角と鼻先にも1本の角を持つ山羊だ。
山岳地帯に生息し、速度も持久力も通常の馬を上回り、更に険しい岩場や崖地でも行動できる。
大人しい性格ではあるが、場合によっては自分よりも大きな魔物をも恐れずに立ち向かう勇敢な一面を持ち、騎乗用としては非常に優秀だが、群れを作らずに高山地帯に生息しているため、走竜よりも希少で軍隊等で部隊を作る程に数を揃えることは不可能とされている。
「領主たるものが常に徒歩というのも威厳がありません。今後は領内の視察や帝都や他領との行き来も増えるのですから騎乗用の相棒を持ってください。走竜の扱いは乗馬とはまるで違いますから壊滅的に乗馬が下手なミュラー様でも可能性があります。それに、何が気に入らないのか分かりませんが、馬が恐れるフェイ様でも五角山羊ならば大丈夫でしょう」
そう言って走竜と多角山羊を押し付けてくるサミュエル。
「しかし、どちらもよく手に入ったな」
「買える物は何でも仕入れ、売れる物は誰にでも売る。ランバルト商会ですよ。ミュラー様にお近づきのしるしに格安でお売りするということです」
そう言いながら伝票を見せるサミュエル。
「高いな・・・」
「通常相場の7割程度です。格安ですよ」
確かに、どちらも高額ではあるが、正規に手に入れるとなると値段は跳ね上がるだろう。
因みに、ミュラーの走竜よりもフェイの五角山羊の方が4割程高い。
結局は今後の領内運営のことも考えてサミュエルの申し出を受けることにし、摘発の日に向けて慣熟訓練に励むことにした。
そして、奴隷市場開催とその摘発の日がきた。
天候は薄曇り、領都は平穏で衛士隊も通常の体制を装っているが、摘発作戦の準備は着々と進められている。
あれほど苦労したミュラーとフェイの騎乗問題も走竜と五角山羊を手に入れたことにより難なく解決しており、摘発作戦に投入される衛士隊や領兵隊は静かに時を待つ。
斥候に放った私服の衛士からの報告によれば、市場の予定地には旅芸人の天幕が張られているが、当然ながら興行の宣伝もされていなければ、行政所への届出もない。
そして、天幕の周囲には何台もの馬車が駐まっており、参加者も集まっているとのことだ。
市場が始まったとの知らせを受けてクラン率いる騎馬隊10騎とミュラー、フェイ、マデリアが領都を出発して前線の待機場所への移動を始めた。
その際に領都内に潜んでいた奴隷商人の手下と思われる者が異変を知らせようと走るが、予め領都の外に網を張っていた衛士隊に捕らえられている。
これで奴隷市場は完全に情報を遮断された。
分隊単位で広く、浅く分散して周辺を包囲する徒歩の主力部隊と、作戦開始と同時に一気に突入し、証拠を押さえて主犯を捕縛するミュラーと騎馬隊、それぞれが所定の配置に着いた。
奴隷市場の周囲にも見張りはいるが、遠く離れた場所に展開しているミュラー達に気付いている様子はない。
後は機を見て作戦を開始するだけだ。
待機場所に先行していたサミュエルが近づいてきた。
「オークションは既に始まっています。合図があるまでは待機してください。摘発の際はランバルト商会も捕縛してもらいますが、彼は抵抗しないので、手荒なことはしないようにお願いします」
サミュエルの言葉にミュラーは無言で頷いた。