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縁の糸

 グランデリカ帝国皇帝の居城エル・デリカ城は小さな都市がすっぽり入るほどに広大な敷地を有している。

 敷地内には近衛騎士団が駐留し、城内で働く者達の住む町があり、伯爵以上の貴族が帝都に滞在するための屋敷もある。

 城そのものが一種の都市といっても過言ではない。


 皇帝主催の園遊会はそのエル・デリカ城の西地区にある庭園で開催されるが、庭園といっても規模が違う。

 小川が流れ、湖のような池もあり、緑豊かな林や四季の花々に囲まれた平原を兎や栗鼠等の小動物が駆け回る。

 そんな自然の中に数十人の料理人や給士が贅を尽くした料理と酒を並べて参加者をもてなしているが、その動きは洗練された舞いのようであり、慌ただしさなどは微塵にも見せない。

 その傍らでは宮廷楽士達により優雅な音楽が奏でられているものの、誰もその演奏に耳を傾けない。

 一流の楽士の演奏ですらこの場では自然のせせらぎ程度なのだ。

  

 参加者の貴族達は競い合うように豪華な衣装を身に纏い、連れている従者ですら軍の礼装のミュラーよりも華やかに見える。

 そんな貴族達は礼装でありながらも地味な軍服姿でエスコートも連れていないミュラーを遠巻きに見て、ヒソヒソと何やら陰口をたたきながら嘲笑しているが、当のミュラーはそんなことは全く意に介していない。


「極楽鳥か孔雀の群れのようだな。ああやって互いに威嚇し合っているのかな」


 自分をあざ笑う貴族達を眺めて吞気でありながら的を射た感想を呟いている。


 ミュラーは給士から軽めの果実酒を貰い、会場の片隅に置かれた椅子に座って談笑する貴族達を眺めていた。

 ミュラーの方から接近するつもりはなかったのだが、ある一団がミュラーに近づいてくるのが見える。

 一団とはいえ、複数の貴族ではなく、1人で大人数の従者を連れているのだ。

 ミュラーの周囲には人がいないので明らかにミュラーに向かってきている。


(エストネイヤ伯爵、向こうから来るか、意外だな・・・)


 近付いてくるのはエストネイヤ伯爵。

 ミュラーが警戒する大貴族の1人だ。

 

「これはこれは、ミュラー辺境伯。是非お会いしたかったですぞ」


 伯爵から声を掛けられては礼を失するわけにはいかない。

 ミュラーは立ち上がって持っていた果実酒をマデリアに手渡すと軍隊式の敬礼をする。

 自らの立場を示すためか、伯爵はミュラーの敬礼に対して軽く頷いて応じた。


「エストネイヤ伯爵、こうしてご挨拶するのは初めてですね。お誘いの書簡を受け取っていながら領内が不安定でしたのでご挨拶には伺えませんでした。その節は大変失礼しました」


 とりあえず丁寧に対応するミュラーだが、意外にも伯爵は笑顔を返してくる。


「いやいや、私の方こそ着任直後で落ち着いてもいないのに不躾なお誘いをしてしまった」


 そう言うとミュラーに向けて手に持ったグラスを向けてくる。

 ミュラーもマデリアからグラスを受けとると伯爵に合わせた。


「折角の席だ。堅苦しい挨拶はここまでにしよう。辺境伯・・・ミュラー殿とお呼びすれば良いかな?」

「はい。私には家名がありませんので、お好きにお呼びください」

「では、ミュラー殿。紹介させて貰おう、家内のエリーゼ・エストネイヤだ」


 伯爵が連れているのは40代半ばか、美しい女性だ。

 他の貴族の女性と違って艶やかではあるが、嫌みのない上品なドレスを身に纏っており、僅かに腰を落として礼をする所作も優雅で隙がない。


「ミュラー殿はお1人での参加かな?後ろにいる美しいお2人はエスコートではなさそうだが?」

 

 伯爵の問いにミュラーは肩を竦める。


「はい。彼女達は私の側近と従者です。私は独り身ですし、エスコートする女性の当てもありませんからね」

「それはそれは、ご相談いただければ幾らでもご紹介できたのだが」


 冗談めかして言う伯爵の言葉に嫌みな雰囲気は無く、ミュラーは会話のペースを掴めない。


「まあ、私はこのとおり軍隊上がり、というか今でも軍籍がある無骨者ですからね。女性の扱いはからっきしですし、独り身というのも気楽なものです」

「ハハハッ。そうは言っても所領を持つ以上はいつまでも独り身という訳にはいきますまい?・・・とはいえ、今は領内も不安定で衛士隊の再編と、領兵の編成でそれどころではないか」

「まあ、そうですね」

(やはり探られているか・・・)


 伯爵の言葉は牽制のようにも聞こえるが、どうにも真意が分からない。


「さて、こんな所で男同士が長く話しても仕方ない。今日のところはミュラー殿に挨拶をして知己を得たかっただけだ。この辺りで失礼しよう」


 そう言って手を差し出す伯爵。


「分かりました」


 ミュラーが伯爵の手を握り返したその瞬間、伯爵は声を潜め、それでいながら低い据わった声でミュラーに耳打ちする。


「ミュラー殿とは末永く良好な関係を紡いでいきたいものだ。近々、私からの気持ちを送らせてもらおう。気に入ってもらえると良いのだがね」


 そう言うと伯爵はミュラーの返答を待つことなく踵を返して離れていった。


 伯爵を見送ったミュラーの額には冷や汗がうかんでいる。


「流石はエストネイヤ伯爵だな。私などでは太刀打ちできん。大したことではないが、私の情報だけ奪われて、私は何も得られなかった・・・」

 

 ミュラーはマデリアに頼んで冷水を持ってきてもらう。

 園遊会は始まったばかりだが、ミュラーはもう酒を飲む気にはなれなかった。


 早速にも社交界の洗礼を浴びたミュラーだが、落ち着く間もなく新たに声を掛けられる。


「あの、ミュラー様・・いや、ミュラー辺境伯ですよね?」


 振り向いてみると、そこに立っていたのはまだ幼い、10代半ばにもなっていないような少年だった。

 傍らには、これまた若い、10代後半だろうか、落ち着いた雰囲気の少女を連れている。


「初めまして。僕はエルフォード子爵家の長男、ラルク・エルフォードです。不敗の軍人、ミュラー大隊長にずっと憧れていたんです」


 少年は瞳を輝かせながら無邪気に笑った。


 次々と繋がりつつある縁の糸。

 これらの糸がミュラーに複雑に縛りつき、人生を絡め取られることになるのだった。

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