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園遊会へ

 ミュラーはフェイ達に半ば連行されるように帝都へとやってきた。

 リュエルミラに赴任してから数ヶ月ぶりの帝都だ。

 爵位を持つ大貴族の大半は帝都にも屋敷を構えているので帝都での滞在も問題はないが、ミュラーはそんなものは所有していないので、必然的に帝都の宿に滞在することになる。

 しかも、明日の園遊会の後は直ぐにリュエルミラに帰る予定なので、宿に泊まるのは今夜だけ、しかも、滞在費を節約するために帝都でも中級の宿の2部屋にミュラーとクラン、フェイとマデリアがそれぞれ宿泊する。


 食事に至っては帝都の大衆食堂だ。


「明日の園遊会ではろくに飲み食いできないだろうからな。今のうちに帝都の食事を楽しんでおこう」


 そう言いながらよく冷えたエールを煽るミュラー。 

 ここでの食事はミュラーの個人的な奢りで、テーブルの上には庶民的でありながら、そこそこ豪勢な料理が並ぶ。

 フェイとマデリアの前には果実酒があるが、生真面目なクランは


「護衛任務中に酒を飲むわけにはいきません」


と譲らずに、注文したのは果実水だ。


 そして、もう1人、ミュラーの対面に座り、食事を共にする者がいる。

 かつてミュラーの大隊で第1中隊長を務め、ミュラーが大隊長を退いた後に昇進して大隊長に就任したマクシミリアンだ。

 退役してミュラーの後を追ったオーウェンと違い、ミュラーの協力者として、あえて軍に残った男だ。


「大隊長の噂は帝都まで届いていますよ。混乱していたリュエルミラを早々と安定させつつあるとね」

「大隊長は止めてくれ。オーウェン達もそう呼ぶ癖が抜けなくて難儀しているが、今や大隊長のお前に大隊長と呼ばれるとややこしい」

「では、ミュラー殿とでも呼びますか」

「好きにしてくれ」  


 互いに笑いながらジョッキを合わせるミュラーとマクシミリアン。


「帝都も今は平穏で、訓練に時間を費やせるので、大隊の練度もどうにか維持できていますよ」


 ミュラーが信頼して後を託しただけあって、マクシミリアンはしっかりやっているようだ。


「私の方は勝手が分からないことばかりでな、周りに助けられてばかりだよ」


 言いながらマクシミリアンにフェイとマデリアを紹介する。

 マクシミリアンは肩を竦めて笑う。


「相変わらず仲間に引き入れる人を見る目は確かなようですね。・・・しかし、敵を作るのも得意だけあって大貴族ではミュラー殿を好ましく思わない者が多いですね」

「まあな、私が軍にいたときから疎ましく思われていたからな。加えてリュエルミラ領主になってからはあえて無礼な対応をした相手もいるから私に対する評判は様々だろう」

「そうですね、スクローブ、ラドグリスの両侯爵からの評価は最悪ですね。特に両侯爵は帝国でも有数の大貴族で、取り巻きも多いですから、帝国貴族の半数近くはミュラー殿を敵視していると考えても良いでしょう。それから、エストネイヤ伯爵家ですが、伯爵もミュラー殿のことを良くは思っていないでしょう。ただ、伯爵は狡猾で打算的ですからね、付かず離れず様子見を決め込むでしょうね。明日の園遊会でこの3家がどう出るか、見極める良い機会だと思いますよ。くれぐれも余計な挑発をしないでくださいよ」


 マクシミリアンの忠告に頷くミュラー。


「私は別に挑発するつもりはないさ。ただ、相手から挑発されるとな、反撃しなければ相手にも失礼だろう?その辺りは私なりの礼儀だよ」


 意地悪く笑うミュラーにマクシミリアン達は呆れ顔だ。


 翌日、ミュラーは軍服に礼装用の飾りを付け、刃を引いてある儀礼剣を腰に差して園遊会が開かれる城へと向かうが、宿から城までは徒歩でも半刻と掛からない距離であるのにリュエルミラからチャーターした馬車で向かうことになる。

 ミュラーは徒歩で行くつもりだったのだが、儀礼的な側面もあるからという理由でフェイに止められた。

 正装のミュラーとは対照的にフェイとマデリアは普段と同じ装いだ。

 フェイの杖は金属製のただの杖なので会場にも問題なく持ち込めるが、フェイは魔導師ではない(と本人が言っている)ので、今回は杖は携行せず、ミュラーの剣と共に馬車に置いておく。

 マデリアが隠し持つナイフ類は明らかに武器なので当然ながら会場に持ち込めない。

 マデリアはナイフの代わりに先が鋭く尖った髪飾り2本を髪に挿し、いざというときに備えている。

 ミュラーとしてはそこまで備える必要はないと思うのだが、マデリアは頑なに譲らない。

 ミュラーの護衛であり、園遊会会場には入らずに馬車で待機するクランは通常装備だ。


「今回の園遊会、主様は何か思惑はありますか?」


 馬車の対面に座るフェイが尋ねる。


「今回は特に無いな。陛下への義理で出席するようなものだし、今はまだ領内の安定が最優先だ。他の貴族と積極的に関わりを持つつもりはない」

「そうしますと、この園遊会では特に動かず、他の出席者の様子見ということでよろしいですね?」

「そうだな。向こう側から挨拶なり牽制なりをしてくるならば相応の対応をするがな」


 そう言って悪巧みをするような笑みを浮かべるミュラー。

 フェイは側近となって日は浅いが主であるミュラーは困難な状況を楽しもうとする傾向があることを見抜いている。


(これが敗戦のミュラーと呼ばれた男・・・やはり面白い)


 口には出さないが、フェイ自身もミュラーの行く末に興味が湧いてきていた。

 

 宿を出発して直ぐに、馬車の進む先に城が見えてきた。

 現実には宿を出た時から城は見えていたが、近づいて間近に見れば、その荘厳で巨大な城に圧倒される。

 眼前にそびえ立つのは重厚な城の正門だが、馬車は正門から道を逸れて西に向かう。

 園遊会が開かれるのは城の敷地の西側にある広大な庭園であり、その庭園には西門から入る必要がある。

 実際、ミュラーが投宿した宿から城の正門までは徒歩で半刻程だが、園遊会が開かれる西門までは更に半刻以上歩く必要があったのだ。


「城には数える程しか来たことはないが、相変わらずデカい城だ。それも西門から入るのは初めてだな」


 半ば観光気分のミュラーだが、その表情からは「面倒くさい」「行きたくない」という思いが溢れ出ている。

 

 そんなミュラーのため息と共に馬車は城の西門の中へと入ってゆく。

 いよいよ気が進まないミュラーの社交界デビューの時が来た。

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