試練への招待状
北の村の事件も終結し、リュエルミラは相変わらず問題の山積はあるものの、束の間の平穏の中にあった。
領内の治安を守る衛士隊の増強を急ぎ、今ではにわか作りの編成ではあるが、騒乱前の3分の2まで回復しており、編成中の領兵小隊と協力して領内の各集落まで目が行き届くようになりつつある。
そんなある日、ミュラーは執務室で憮然とした表情で机の上に置かれた1通の書簡を見ていた。
目の前にはフェイとクリフトンが立ち、背後にはマデリアが控えている。
「ミュラー様、仕方ありますまい。今までのようにはいきませんぞ。」
「そんなことは分かっている。これも仕事のうちだ」
ミュラーの前に置かれている書簡は皇帝からの招待状。
国内の有力貴族を招待して労いの園遊会を開催する知らせだ。
辺境伯とはいえ、爵位を持つミュラーも当然ながら招待されたというわけである。
尊大な大貴族からの命令のような招待は袖にしてきたミュラーだが、皇帝からの招待となればそうはいかない。
そもそもミュラーは皇帝のエドマンドに対しては恩義もあり、礼を尽くす相手であると考えているが、それが忠誠であるかと問われれば、エドマンド自身が看破しているとおり、ミュラーは皇帝に対する忠誠心は持ち合わせていない。
職業軍人であったミュラーの忠誠の対象は国家と国民であり、皇帝個人ではないと線引きしており、軍籍だけを残して第一線を退いた今もその意思に変わりはないのである。
そんなミュラーであるから今回の招待にも応じなければならないことは理解しているし、断るつもりもない。
それでも、堅苦しい社交界に足を踏み入れるというのはミュラーにとって避けては通れないものの、気の重い現実であるのだ。
「今回の招待は晩餐会ではなく、昼間の立食の園遊会です。ミュラー様の社交界デビューとしては丁度良いのではありませんか?」
クリフトンが言い聞かせるがミュラーの顔色は変わらない。
「そもそも社交界デビューなんかしたくはないがな」
「そうは仰いましても、これは領民のためでもありますぞ?」
ミュラーはため息をつきながらクリフトンを見た。
「あのな、私は別に園遊会に行かないとは言っていないぞ?ただ、行きたくないと思っているだけだ」
いい歳したミュラーが完全な駄々っ子である。
そんなミュラーとクリフトンの会話にフェイは全く立ち入ろうとしない。
ミュラーが駄々をこねているだけなのを理解しているので口を挟まないのだ。
クリフトンとてそれは理解しているが、クリフトンまで口をつぐむと何も準備が進まないのである。
クリフトンはさじを投げた。
余計な説明は放棄して、事実のみを確認する。
「服装は、軍礼装でよろしいでしょう。陛下主催の会なので、武器の持ち込みは出来ませんので、儀礼剣を用意いたします。帝都までは馬車を手配します」
「徒歩では駄目か?」
交通費をケチるミュラーの意見は無視される。
「・・・従者は、フェイ様とマデリア、他に護衛に領兵を1名。護衛といっても儀礼的なものですから、小隊長や分隊長の経験があるクラン殿かシャルマン殿でよいでしょう」
「オーウェンでは駄目か?あいつ、結婚したばかりなのに、領都に若い嫁さんを置いてきたからな。この機会にこちらに呼び寄せさせたいのだが?」
「中隊長だったオーウェン殿では護衛としての位置付けが高すぎて儀礼の域を越えてしまいます。領都まで同行するだけならば問題ありませんが、そうなりますと、領内の治安維持に隙が生じます。オーウェン殿の家庭事情はまたの機会に、迅速に解決すべきと考えます」
さじを投げたクリフトンの判断は早い。
次々と的確に計画を固めてゆく。
「しかし、一番の問題があるぞ」
「エスコートですか?」
帝国では晩餐会や園遊会、貴族主催のパーティーにはエスコートの異性を連れて行くことが慣習となっている。
既婚者であれば配偶者を連れていけば問題ないが、ミュラーは独身だ。
「未婚の貴族であれば婚約者や親戚筋の子女、それもいなければ懇意にしている貴族の令嬢や子息をエスコートして出席しますが、お心当たりは?」
「あるわけないだろう」
「でしょうな・・・」
呆れ顔のクリフトン。
この態度にはミュラーも怒ってもいいのだろうが、事実なので仕方ない。
「形式的ならば、フェイはどうだ?」
「無理です」
ミュラーの言葉にフェイは沈黙を破った。
「私は主様の側近に過ぎません。その側近が主様にエスコートされるなど、分を越えます。それに、配偶者でも婚約者でもないのにエルフをエスコートで連れていると見栄を張ったと思われて主様の品位が落ちます。私はあくまでも従者として同行します」
「・・・ならマデリアは?」
「私も恐れ多いことですのでお断りします。私ではエスコートされる役としては華がありませんし、メイドをエスコートするなどミュラー様の品位が疑われてしまいます」
フェイとマデリアにあっさりと振られたミュラー。
「仕方ありませんな。エスコートといっても形式でしかありませんし、ミュラー様1人で参加しても不敬にはなりませんので、今回は見栄を張らずにエスコート無しとしましょう。フェイ様とマデリアを従者として従えて参加してください」
結局、ミュラーの心に小さな傷を刻んで園遊会出席が決まった。
ミュラーにとって経験したことのない肩が凝る試練が始まる。