残党狩り2
ミュラーは部隊を3つに分けた。
1組は拘束した男を連行するアラニスとアッシュ。
ミュラーの質問に答えたということで命だけは保証された男を領都まで連行して衛士隊に引き渡す役割だ。
2組目はクランと衛士隊5人で北に向かって10人程の残党を制圧する。
人数では不利だが、クランもいるし、ここにいる衛士分隊は先の西の集落防衛戦にも参加していた実力のある分隊なので問題は無い筈だ。
そして最後はミュラーとフェイの2人。
逃げた男を追ったマデリアに合流して生き残りの数が少ない方の集団を処理するために2人は森の中を駆ける。
1刻と経たずにミュラー達はマデリアに追いついた。
森の中に佇むマデリアの足下には背中に投げナイフが刺さった男が倒れている。
「盗賊の残党が潜む場所を特定しましたので合流して情報を伝えられる前に阻止しました」
ミュラーに対してカーテシーをしながら報告するマデリアだが、足下に仕留めた男が転がっている絵面が凄まじい。
唯一の救いは転がっている男が死んでいないことか。
マデリアは男の動きを止めるために痺れ薬を塗ったナイフを使ったようだ。
マデリア曰く
「殺しても生かしてもどちらも役に立たないだろうからとりあえず生け捕りにした」
ということで、用がないなら殺せばいいと判断しただけのようだ。
ミュラーとて人のことを言えた義理ではないが、マデリアは無感情というか、死生観の欠如が甚だしい。
幸い?にも、痺れ薬がしっかりと効いていて、放っておいても問題ないので、このまま放置し、後で回収することにする。
マデリアの報告によれば、このまま進めば直ぐに盗賊が潜伏する場所に辿り着くらしい。
「ここでこの男を足止めしてしまって何故潜伏先の目星がつくんだ?」
「ストーキングの基本です。追われる立場の者は目的地が近くなると周囲を気にします」
暗殺者なら当然の技能だということだ。
とにかく、マデリアの活躍でミュラーは盗賊達に気付かれることなく目前まで近づくことができた。
かつて、木こりや狩人等の森で働く者達が拠点か休憩所として使っていたのか、朽ち果てた小屋をアジトにしていたようだ。
アジトにいるのは6人、やはり脱出の機会を窺っていたのだろう、略奪品を纏めて運び出そうとしている。
奇襲を仕掛けることも出来るが、それをすれば盗賊達が混乱して反撃を招き、投降を勧告する暇もないだろう。
それならばとミュラーは正面切って盗賊達に対峙することにした。
「そこまでだ!全員投降しろ!」
フェイとマデリアを従えて盗賊達を一喝するミュラー。
突然のことに驚きの表情を見せる盗賊達だが、相手が3人、武装しているのは中央にいる男だけで、残りの2人は武器も持たない(ように見える)女だと分かると余裕を見せる。
「なんだてめえ等は!」
ミュラー達に凄む盗賊達だが、ミュラーの余裕は盗賊達の上をいく。
「何者かと聞かれれば私はこのリュエルミラの領主だ。この地方の治安について責任があり、貴様達を捕らえる理由もある」
「あぁ?領主だと?その領主が盗賊退治?それもたった3人で何が出来るってんだ。つくならもっともマシな嘘をつけや」
ミュラーが領主であることを全く信じていない盗賊達だが、これはミュラーの方が悪い。
領主ともあろう者が護衛も無し(ように見える)にこんな所で盗賊を捕らえようとするなんて、常識では考えられないだろう。
しかし、ミュラーにしてみれば信じてもらう必要もないし、信じてもらうための努力をするつもりもない。
「信じようが信じまいが貴様等の自由だが、1つだけ勘違いしているぞ。確かに我々はたった3人だが、貴様等を制圧するのは私1人で十分だ。ここで投降すれば罪を償って生きる道を示してやる。それを望まないならば貴様等に生きる道は残されていないぞ。さあ選べ、罪を償って生きるのか、この場での死かを」
フェイとマデリアを下がらせたミュラーはゆっくりと剣を抜いた。
キンッ・・・
刀身は重厚な拵えでありながら刃の鋭いミュラーの剣は抜く時に独特の音がする。
その切っ先を目の前の盗賊達に向けた。
「ヘヘッ・・・てめえ1人で十分とは甘く見られたもんだな。だが、気が合うな、俺達もてめえのことを生かしておくつもりはねえぜ。後ろの女2人はもったいねえから生かして俺達の物にするがな」
盗賊達もそれぞれの得物を構える。
交渉決裂、先に動いたのはミュラーだ。
盗賊達の予想を遥かに越える速度で一気に間合いを詰めて盗賊達の中央に飛び込む。
ミュラーの剣が走り、一撃で2人の男を屠る。
狙ったのは互いに距離も取らずにいた間抜けな2人。
比喩的な表現でなく一閃で2人、浅い角度で1人目の首を、そのままの軌道でもう1人を袈裟切りにした。
「クソッ!密集するな、互いの距離を取れっ!」
頭目の男が叫び、生き残りが散開するが、僅かに遅れた男がミュラーに貫かれる。
反撃の暇も与えずに3人、残りも3人だ。
「さて、残りは3人だ。死んだ3人には不公平だと言われるかもしれんが、最後にもう一度問う。投降しろ。貴様等が生きる最後のチャンスだ」
頭目は冷や汗を垂らしながらも剣を下ろそうとはしない。
「ちっ・・ちょっとばかし油断しただけだ。お前等、相手は1人だっ、一気に掛かるぞっ!」
剣を振りかざして飛び掛かる頭目に対してミュラーは剣を斬り上げる。
勝負は一瞬で決まった。
いや、実力に差がありすぎて勝負になどなっていない。
ミュラーに切り捨てられてもんどり打って倒れた男が最後に目にしたのは、武器を捨てて両手を挙げる仲間だった2人。
(何だ?・・・彼奴等・・何をしているん・・・)
薄れる思考の中で頭目は仲間の裏切りを知り、遅すぎる後悔をした。
結局、頭目を除いた2人はミュラーに飛び掛かる頭目を尻目に抵抗を止めて武器を捨て、投降して生きながらえる選択をしたのだ。
合流地点である村の跡地に戻る道すがらでマデリアに麻痺させられたもう1人を回収し、投降した2人に運ばせる。
万が一男達が投降しなかったら、フェイやマデリアでは運べないのでミュラーが運ぶ羽目になったところだったので、それだけで大収穫だ。
焼け落ちた村の跡地に戻ってみると、クラン達の方が先に戻ってきていた。
聞けば、クラン達が向かった先にいた残党は投降を拒み、激しく抵抗したのでやむなく殲滅したということだ。
倍する敵を相手にしたにも関わらず、クラン達は軽傷者が1人。
こうして北の村の焼失事件を発端とした盗賊の残党狩りは終わった。
先に捕らえられた1人を含めた4人の盗賊の生き残りは衛士隊に引き渡され、法の裁きを受けることになる。
殺人が関係する盗賊行為は実行犯でない共犯者でも死罪が相当であると帝国法で定められているが、今回はミュラーの権限により死罪は免れて長期間の重労働に処されることになるだろうが、労働態度と反省の態度によってはいつの日にか再び自由を手にすることも夢ではない。
調査を終えたミュラー達が領都に戻る準備をする中、フェイはその場をそっと離れて森の中に入った。
既に日は暮れており、空を見上げれば満天の星空が広がっている。
「・・・今はただ眠りなさい。お前の憤怒に満ちた魂は今の私には受け止めることはできません。いつの日にか、嘆き、悲しみに支配されたお前に手を差し伸べる者を待ちなさい。百年か、二百年か・・・必ずお前を救う者が現れます。その時を静かな眠りの中で待ちなさい・・・」
満天の星空に向かってフェイは優しく語り掛けた。