炎の惨事
結局、アデルは放免されると共にリュエルミラ領兵の新兵として入隊した。
リュエルミラ領兵はオーウェン達が着任してから新兵募集を続けており、現時点で人数だけなら1個小隊規模の18人まで増えている。
しかし、それは人数だけであり、新兵の多くは冒険者崩れや剣を握ったこともないような素人で、部隊の増強と実戦化には程遠い。
ミュラーとしては早期に衛士隊と領兵をそれぞれ大隊規模まで増強し、領内の安定を図りたいところだが、先の内乱で多くの若者が命を落とした事実と、兵士や衛士は簡単に増やせないという現実が大きな障害となっている。
それに、如何に領内安定のための戦力を増やしたいとはいえ、優先させるべきは農民や職人、商人といった領民の生活を支える者達の方だ。
「やはり領民の生活安定の道のりは先が長いか。いっそのこと税率をギリギリまで下げてみるか・・・」
ミュラーは税収の報告書と領内予算の帳簿を見比べるながらため息をつく。
「安易に税率を下げることは反対です。主様着任の際に下げた税率をさらに下げれば一時的には領民の生活も楽になるでしょう。しかし、それは主様も懸念したとおり人々の堕落を誘いかねません。そして何より、一度下げた税率を上げることは困難となります」
「そうなんだよな・・・」
フェイの意見にミュラーは深く頷く。
「今のところは税率を下げるより、領民の収入を上げることの方が現実的です」
「やはり、そちらの方で考えてみるか・・・」
急報が届けられたのはその時だった。
旅商人から行政所にもたらされた報告。
山間の北の村で大規模な火災が発生し、村が全滅したというのだ。
「全滅?火災だけで住民までもがか?どれほどの住民が犠牲になった?」
驚愕するミュラーに報告に来たサミュエルも真剣な表情で頷いた。
「小さな村ですので、数十人程かと。衛士隊1個分隊を差し向けましたが、旅商人からの通報では生存者はいなかったとのことです。派遣した衛士隊も救助というより事後調査が目的です」
如何に小さな村とはいえ、普通の火災で村が全滅するとは考えられない。
ミュラーは立ち上がった。
「私も現地に向かう。1人でいい、道に詳しい者を案内に付けてくれ」
「分かりました。衛士隊のアッシュを呼びます。当該の村ではありませんが、北の集落出身です」
「頼む。領兵を2人連れて行く、クランとアラニスを呼べ。後のことはクリフトンとオーウェンに任せる」
ミュラーの声にマデリアが駆けだした。
その間にミュラーは動きやすい略装に着替えて腰に剣を差す。
1刻と経たずにミュラーは館を出て北へと向かった。
同行するのは側近のフェイ、護衛のマデリア、この2人は普段と服装は変わらず白銀のローブとメイド服だ。
他に領兵のクランとアラニス、案内役の衛士アッシュ。
6人は北の村に向かって急いだ。
昼夜を惜しんで歩き続けた結果、ミュラー達は翌日の昼過ぎには目的の村に到着した。
鍛えられているミュラーやクラン達はともかく、女性であり、それぞれ動きやすいとは言い難い服装のフェイとマデリアが全く疲れを見せていないのは驚きであるが、今はそんなことを気にしている暇はない。
森に囲まれたその村、いや、村があった筈の土地は完全に焼き尽くされていて、建物の焼け残りすら見当たらない。
地面の土すらも焦がした痕跡と、火が消えて数日は経っている筈なのに未だに鼻につく焦げた臭い、その中には人が焼かれた臭いも混ざっており、この場所で惨事が起きたことを物語っている。
先行していた衛士隊も到着しているが、全てが灰となった村の跡を前に何をするべきか分からずに途方に暮れていた。
「なんなんだこれは、単なる火災とは違うぞ」
ミュラーは周囲を見渡す。
異様なのは、村は完全に焼き尽くされているのに、村の周囲の木々や草花には燃え広がっていないことだ。
失火や自然現象が原因の火災ではあり得ない。
「主様、これは単なる火災ではありません。強力な、それも桁外れに強力な魔法によって焼き尽くされています」
フェイは周囲に残されている魔力を感じ取った。
残されていた魔力の痕跡からその流れを読み取るフェイ。
「北側の入口を中心に魔力が渦を巻き、それが村全体に広がっています。その炎は村全体を覆いながらも天に向けて放出されています。周囲の木々が無事なのはそのせいです。使われたのは炎の竜巻系の魔法、それも尋常ではない程の威力。かなり高位の魔術師です」
ミュラーは腕組みして考え込む。
「それほど高位の魔術師がこんな小さな村を襲って何になる?しかも、全てを焼き尽くして」
村を襲撃するにしても、住民を含めた村の全てを焼いてしまっては何も得られない。
「怨恨か?村人がその魔術師を怒らせるようなことでもしたのか?」
しかし、フェイは首を振る。
「考え難いと思います。そもそもですが、魔法を行使した術者自身もこの炎で焼かれて命を落としています」
「なんだって?自分の魔法で自分までも焼いたのか?」
「はい。おそらくは何らかの理由で魔力が術者の意思を超えて暴走したのだと思います」
フェイの言葉を聞いたアッシュが驚きの表情を見せながら呟いた。
「森の魔女・・・」