フェイ
その不思議な雰囲気のエルフはフェイと名乗った。
側近として招き入れるかどうかを判断するにしても話を聞かなければ何も始まらない。
ミュラーはフェイに応接用のソファーを勧めて自分もその対面に座る。
普段ならばミュラーの背後に控えるマデリアだが、この時はミュラーの横に立ち、未だにフェイに向けて殺気を放っている。
しかし、フェイの方はマデリアの殺気を全く意に介していない。
むしろ、お茶を運んできた新入りのメイドがフェイの雰囲気とマデリアの殺気に当てられ、テーブルにお茶を置く手が小刻みに震えている。
「さて、最初に聞くが、貴女は魔術師か精霊使いの類か?」
ミュラーの質問にフェイは首を振る。
「どちらでもありません。確かに私はある程度の魔力を有しておりますが、魔法については魔術学校の新入生が使う程度の初歩的な魔法しか行使できませんし、精霊魔法は全く使えません。もしも、ミュラー様が側近を選定するにあたりそういった魔術師の類をご要望ならば私ではお役に立つことはできません」
魔力を持たないミュラーでさえも分かる程の強い魔力を身に帯びていながら魔法を扱えないとは俄には信じられないが、フェイ自身がそう言うのであれば仕方がない。
「すると、貴女は何者なのだ?どのような形で私の役に立てる?」
「私は自分自身を探求者であると自負しております。私は二百年もの間、世界中を旅してありとあらゆるものを見て、学んできました。私がミュラー様のお役に立てるとするならば、そういった経験や知識であり、今のミュラー様には私の力が必要であると考えています」
ミュラーは思案する。
貴族や皇族の側近といえば、豊富な知識を持つ魔術師であることが多い。
魔術師であれば、その知識からの助言だけでなく、戦場においては強力な魔法が大きな戦力となることも事実だ。
しかし、ミュラーは側近に対して魔術師としての能力の有無は重要視していない。
むしろ、フェイが言ったような経験や知識が多い者の方が望ましい。
しかし、まだ判断材料が足りない。
ミュラーは話題を変えてみた。
「何故このような辺境の新米領主である私の側近になろうと考えた?」
「先程もお話したとおり、私は長い間旅を続けてあらゆる知識を得ました。しかし、それを何かの役に立てなければどれほど有益な知識であろうとも無駄なものでしかありません。言うなれば様々な情報が記された貴重な本を倉庫に仕舞い込み、誰も読むことができないようなものです。私は長い間私の知識を役立ててくれる主となるべき方を探し求めていました。そんな折りにミュラー様が側近を求めていることを知ったのです」
ミュラーは首を傾げた。
「何故私なのだ?貴女は私の何を知っている?」
「私はこのグランデリカ帝国の内情についても多くの情報を得ています。その情報の入手手段については説明できませんが、そんなグランデリカ帝国軍を追われて辺境伯となったミュラー様に興味を抱きました。しかし、ミュラー様のことを調べてみようにも、一兵卒から大隊長まで出世するほどの成果を挙げながら、ミュラー様についての記録が殆どありませんでした。得られる情報はおかしな異名ばかりです」
フェイが帝国内部のことをどこまで知っているのかは分からないが、ミュラーは少しだけ面白くなってきた。
「私の戦績が公式な記録に残らないのは仕方のないことだ。私が成果を出した戦いの殆どが負け戦か、勝利したとしても辛勝と言われるようなものばかりで、面子に拘る連中にしてみれば記録に残したくない黒い歴史のようなものだ。私にしてみれば、負け戦こそ得るものや学ぶことが多いと考えるがな。結局はそんな面子に拘る連中や一兵卒の台頭が許せない大貴族共に疎まれて辺境に飛ばされたがな。おかげで新米領主として四苦八苦する毎日だよ。私を追いやった連中を恨んでいる暇もない」
笑いながら話すミュラーだが、フェイはニコリともしない。
ミュラーとしても冗談を言ったつもりはないが、流石に無表情のままでいられると胸がチクリと痛い。
「私も自尊心ばかり強い貴族に仕えるつもりはありません。それならば、治世に疎いミュラー様のような方にお仕えしたいと考えました。無論、治世に疎いとはいえ、無能な方に仕えるつもりは毛頭ありません」
「そうすると、貴女は私を一定の評価をしてくれているということか?」
「はい、ミュラー様が着任してからのリュエルミラの実情を見て、非凡なお方だと判断しました。ただ、まだまだ学んでいただくべきことは多く、道を誤ればリュエルミラが更に衰退してしまいます。そこで私がミュラー様にお仕えし、この領地をより良くするお手伝いをしたいと思います」
結局のところ、ミュラーの治世では危なっかしくて見ていられないから色々と教えてやるということらしい。
「貴女の思いは理解した。ただ、私は軍人であり、場合によってはその力を行使することも厭わない。それが貴女の意見に相反するとしても、私は私の考えを貫き通すこともあるかもしれないぞ?」
「それは十分に承知しております。側近や軍師の仕事は意見具申して主の選択肢を増やすことで、何を選択するかは主の役目です」
フェイはミュラーの考えていること以上の答えを示した。
後はミュラーが決断するだけである。
「分かった。フェイ、貴女を私の側近として迎え入れる。私を補佐し、導いてもらいたい」
「かしこまりました。誠心誠意お仕えさせていただきます、主様」
ミュラーはフェイを側近とすることを決め、フェイもそれを受け入れた。
これで本腰を入れて領内運営に取り掛かれる。
気が付けば、マデリアが殺気を消してミュラーの背後に移動していた。