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終結

 魔王プリシラはミュラーの剣に貫かれて眠りについた。

 その一部始終を見届けたサイクロプスが静かに歩み寄ってきて、その大きな一つ目でミュラーとフェイレスを見る。

 その瞳からは敵意など微塵にも感じられない。

 むしろ、プリシラの暴走を食い止めたミュラーとフェイレスに感謝しているかのような穏やかさだ。

 そんなサイクロプスがその大きな手を差し出してきた。


「プリシラを連れて行くのか?」


 ミュラーがフェイレスを見ると、フェイレスは黙って頷いている。

 プリシラの身体から剣を抜いたミュラーはプリシラを優しく抱き抱え、サイクロプスの掌にそっと置いた。

 ミュラーにプリシラを託されたサイクロプスは大切な宝物を持つように両手でプリシラを包み込むと、他の魔物達を連れて南に向かって去って行った。


「百年か、2百年先か、真の魔王として目覚める時、彼女が人であった時の記憶は失われているでしょうが、あの優しい魂の一部は残っている筈です。全て主様の功績です」


 フェイレスの言葉にミュラーは肩を竦める。


「フェイが助けてくれなければ不可能だった。プリシラを助けることが出来たのはフェイがいたからこそだ。ありがとう、フェイ」


 感謝するミュラーに珍しく頬を赤らめて俯くフェイレス。

 サイクロプスの背を見送っていたミュラーはフェイレスのその表情に気付かなかった。


 戦力の要であるプリシラを失い、役立たずではあるが、指揮官であるフライスが捕らえられて前線の帝国軍は一気に瓦解した。

 リュエルミラ軍だけでなく、各地で決起した反帝国勢力が集結したことにより、前線の帝国軍は降伏する者や逃亡する者が続出し、デュラン率いる帝国に残された戦力は帝都に残る僅かな戦力のみとなったが、ミュラーは抵抗する暇を与えなかった。

 リュエルミラ軍を引き連れ、帝都の守りが固められる前に帝都に攻め込んで一気にエル・デリカ城を制圧し、今回の内戦の首謀者である皇帝デュランとスクローブ宰相を捕らえ、一時的にではあるが、帝国の実権を掌握したのである。

 帝国からの独立を宣言し、戦いを挑んだリュエルミラの完全なる勝利だ。

 

 ミュラーが帝都を制圧する傍らで前帝国宰相のクラレンスは自らの配下を動かして幽閉されていたアンドリューを助け出すことに成功していた。

 そして、アンドリューと共に内戦のもう一方の首謀者としてミュラーの下に投降すると同時に、アンドリューとデュランが持つ皇帝の証しである三器全てが偽物であり、本物の三器はリュエルミラに逃れたシャミル、ミルシャ、ハロルドと共にあることを全ての国民に向けて告白したのだ。

 結局のところ、偽の三器に翻弄され、帝国全体を大混乱に陥れた壮大な兄弟喧嘩を繰り広げたアンドリューとデュラン、そしてそれに加担した貴族達は国民から激しい非難の的となった。

 その上、一時的に国内の治安と事後処理を任されたミュラーが宮廷衛士隊を指揮して徹底した捜査と調査を行った結果、皇帝崩御がスクローブとラドグリスによる暗殺であることが特定され、それに付随してスクローブ等の謀略の数々が明るみに出ると帝国の宮廷と貴族の権威は地に落ちたのである。


 捜査と調査が終結すると、次に行われたのは皇室関係者と大貴族を被告人として裁くという前代未聞の裁判だ。

 公正なる裁判が行われ、偽の三器をもって皇帝を自称し、内戦を巻き起こしたアンドリューとデュラン、それに加担した皇女エリーナ、皇子アレクは帝位継承権を剥奪されることになり、その上で最も罪が重いと判断されたアンドリューは無期限の重労働の刑が科せられ、その他の3名は財産没収の上で帝都から追放されることになった。

 そして、この内戦の真の首謀者であるスクローブ、ラドグリスの一族は爵位を剥奪、財産没収となり、暗殺の首謀者であるスクローブ宰相とその息子のフライスには死罪が言い渡され、スクローブ等に積極的に加担した貴族達は全て爵位の剥奪と財産没収の上で重労働等とされる一方で、内戦には参戦したものの、その目的が領地や領民を守るためだった者達はその事情が汲まれて罰金や刑の免除、又は無罪判決が下された。


 余談ではあるが、アンドリューやデュランのように自らの罪を認めて刑を受け入れる者がいる一方で、スクローブ親子やエリーナ皇女は公開裁判の場で醜い自己弁護を繰り広げたり、裁判関係者の買収を試みるも、当然ながら刑が覆ることは無く、国民達の軽蔑を受けることになったのだが、そんなことはミュラーの知ったことではない。

 それよりも、帝国内戦の中心に居ながらにして裁判にもならず、何の咎も受けなかった人物が1人だけいる。

 前の帝国宰相のクラレンスだ。

 クラレンスは前皇帝の崩御(暗殺)の後にアンドリューの補佐を務めており、自らの非を認めていたことから当然に宮廷衛士の捜査対象となったのだが、捜査の結果、その行動の全てが内戦を防ぐため、内戦勃発後は早期に終息させるためのものであり、帝国の危機を察して三器を隠匿した上で内戦に加担していないシャミル、ミルシャ、ハロルドを守ったという功績が判明しただけで、どれほど捜査しても問うべき罪が見つからず、ミュラーの命を受けて捜査の指揮に当たっていたバークリーもさじを投げたのである。

 結局のところ狡猾なるクラレンスの巧妙な自己保身だったのかもしれないが、帝国の利益のための行動が自己保身に繋がるというならば国の役人としては模範的であり、クラレンスらしい。


 裁判の後に、既に死亡している一部の者を除き、それぞれに科せられた刑が執行されると帝国を二分、いや三分した戦いは全て終結した。

 

 内戦鎮圧とその後の公正なる処理等の功績により国民からはミュラーに対する支持が集まり、新しい皇帝として期待する声も多かったが、ミュラーがその期待には応えることはなく、独立したリュエルミラを帝国領へと帰属させ、国内が落ち着くまでの期間を条件に帝国の様々な権限を掌握し、フェイレス等と共に国内の正常化のため慣れない国政に奔走することになったのである。


 それから暫くの後、国内の混乱が収まった時に事後処理のために大きな権限を与えられていたミュラーがその権限を返還したのは新たに帝国皇帝となったハロルドだ。

 ハロルドはまだ何も判断できない幼子であるため、帝国の実権は宰相に返り咲いたクラレンスと、新たに国民選挙で選ばれた5人の帝国議会議員が担うことになる。

 帝国の新体制について、クラレンスが再び宰相の座に就くことに反対する意見も多かったが、これまでの宰相としての手腕と実績、そして内戦を早期に終結させるために行った様々な功績を評価され、更に内戦終結の最大の功労者であるミュラーの推挙とミュラーがハロルドの後見人となることを条件に国民を納得させ、再び宰相の座に就いてその非凡なる手腕を振るうことになった。


 そして数ヶ月後、帝都での後始末を終えたミュラーはリュエルミラへと帰還する。

 リュエルミラ軍は帝都防衛の任務を継続している一部の部隊を残して先にリュエルミラへと帰還しており、ミュラーと共に帰還するのは側近のフェイレスと護衛のマデリアだ。

 因みにバークリーは帝都に残り、ミュラーの代わりにハロルドの後見人としてクラレンスと議会議員達に目を光らせている。


「ようやくリュエルミラに帰れるな。これでようやくローライネからの手紙攻勢から解放される」


 しみじみと呟くミュラー。

 実はミュラーが帝都に単身赴任している数ヶ月間、ローライネから10日と空けず、ミュラーの下にせっせと手紙が送られてきていた。

 その殆どがリュエルミラ領の現状についての報告であったが、元々が筆まめでないミュラーはその返事に追われることになったのである。

 リュエルミラについての報告の返答であるならばフェイレスやバークリーに任せてもよかったのだが、ローライネからの手紙の最後には必ず遠く離れるミュラーへの想いが書き連ねており、ミュラー自身が返事を書く必要があったものの、流石に10日に1度の頻度では返事もネタ切れだった。


「ローライネ様は主様の性分をよく理解しておりますのでその程度の頻度だったのですよ。私には3日に1度の頻度でローライネ様からの手紙が届きました」

「・・・私にも5日に1度程。ミュラー様に悪い虫がつかないようにと・・・」


 フェイレスとマデリアの告白に唖然とするミュラー。

 ミュラーの側近であるフェイレスはともかく、護衛メイドのマデリアにまで手紙攻勢を仕掛けていたのである。

 しかも、その内容を聞いてみれば、単身赴任中のミュラーに『悪い虫がつかないようにしっかりと監視すること』と、斜めに釘を刺す内容だ。


「何をくだらないことを心配しているんだローライネは・・・」


 呆れて頭を抱えるミュラー。

 その様子を見るフェイレスは相変わらず表情を変えることはない。


「ローライネ様は主様が他の女性に目移りすることを憂いているのではありません」

「?・・どういうことだ?」

「貴族として正妻の他に妾を持つことは致し方ないが、どこの馬の骨とも知らぬ女には主様の愛を分けるつもりはない、ということらしいです。ですので、主様の妾になりそうな女性は私とマデリアでしっかりと吟味するようにと・・・」


 まさかの斜めというよりは真横から刺された釘にミュラーも呆れかえる。


「本当に何を考えているんだ、ローライネは・・・」

「そのあたりのご懸念は夫婦間でしっかりと話し合い、意志の疎通をしてください」

「あのぶっ飛んだローライネを納得させるのか?骨が折れそうだ。2人も手伝ってくれよ」


 ミュラーが振り返れば、マデリアは前髪で両目を隠しているにも係わらずにそっぽを向いてミュラーから視線を外し、フェイレスはいつもと変わらぬ冷めた目でミュラーを見ている。


「私は主様の忠実なる側近であり、常に主様と共にあります。しかし、夫婦間の問題は側近としての役目の範疇ではありません」

「そんな・・・」


 愕然とするミュラーにフェイレスは薄い笑みを見せた。


「主様、そのように情けない表情はお止めください。ほら、ローライネ様がお待ちですよ」


 フェイレスの指差す先、小高い丘の上にある館の前にミュラーの到着を待つローライネの姿が見えた。

 

ダラダラと長くなってしまった本作も次回が最終回となります。

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