魔王降臨
「止めろプリシラッ!自分を見失うなっ!」
ミュラーが叫ぶ。
「主様、手遅れです。魔王転生を止めるためには今のうちに彼女を殺すしかありません」
駆けるミュラーの後を追うフェイレス。
ミュラーは剣を抜いた。
そんなミュラー達の姿に気付いたフライスとその部下の騎士達。
「リュエルミラのミュラーだ!討ち取れっ!殺せっ!そうすれば我々の勝利だっ!」
プリシラを包む竜巻の意味も考えようとせず、目の前に現れたミュラーの姿に功を焦るフライス。
剣や槍を構えた騎士達がミュラーに向けて殺到した。
「主様、お任せ下さい」
フェイレスがミュラーの周囲に大盾装備のスケルトンウォリアー数十体を召喚する。
大盾に槍を構えたスケルトンウォリアーが騎士達を受け止め、押し戻して道をこじ開けた。
ミュラーの進路上には腰を抜かしたまま喚いているフライスがいるが、スケルトンウォリアーにすら障害と認識されずに放置されている。
それよりも問題なのはプリシラを包む竜巻の前に立つサイクロプスだ。
マデリアがミュラーの前に飛び出して投げナイフを取り出すが、それをバークリーが制止する。
「サイクロプスでは大きすぎて投げナイフは効きません。それにあのサイクロプス、様子がおかしい!」
バークリーの言うとおり、プリシラの前に立ち両手を広げるサイクロプスだが、その一つ目がやけに悲しげに見える。
魔物であるサイクロプスが「近づくな」と呼びかけているようだ。
バークリーは風を操り、強力な空気の塊を作るとサイクロプス目掛けて投射した。
サイクロプスを倒すためでなく、道を空けさせるためだ。
バンッ!
空気が弾ける音と共に直撃を受けたサイクロプスが蹌踉めいた。
その巨体を弾き飛ばすまでには至らなかったが、ミュラーにしてみれば十分だ。
サイクロプスの足の下を潜るように駆け抜けたミュラーはプリシラを包む竜巻に剣を突き込んだ。
「・・クソッ!」
姿こそ見えないが、確かにプリシラの胸の位置を狙った一突きだが、まるで手応えがない。
ミュラーが剣を引き抜こうとしたその瞬間
パリッ・・バリバリッ、バチッ!
軽い音に続いて激しい激しい雷撃の音。
竜巻の周囲に発生していた雷の直撃を受けてミュラーが吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた先にいたのは腰を抜かしたままのフライス。
ミュラーは咄嗟に身体を捻り、フライスとの衝突を避けたが、ミュラーのつま先がフライスの顎を僅かに掠めた。
「・・・ハッ。・・・ヒッヒィィッ!」
僅かな衝撃で我に返ったフライスが握る鎖の先は黒い竜巻の中にいるプリシラに繋がっている。
フライスは慌てて鎖を投げ捨てようとしたが遅すぎた。
竜巻から伸びる鎖が急速に熱を帯び、赤熱して鎖同士が溶融する。
当然ながらその熱は鎖を握るフライスにまで届く。
「ヒィッ、ギャァァッ!」
溶融した鎖はそれを握るフライスの手すらも溶接し、フライスは鎖を離すことも出来ずに悲鳴をあげる。
更に、激痛に駆られて転げ回ってしまったが故に赤熱した鎖がフライスに絡まり、その身体を縛り上げた。
直後、竜巻の中に鎖が引き込まれ始め、全身を焼かれて悶えるフライスが引きずり寄せられる。
「ヒャァッ!・・誰か、誰か助けてくれっ!」
必死で藻掻くフライスだが、フェイレスのスケルトンウォリアーに押し戻された騎士達は助けに入ることが出来ない。
フライスを救うことが出来るのは直近にいるミュラーだけだが、ミュラーにはフライスを助ける義務も義理もない。
「チィッ!」
ミュラーは舌打ちすると前に踏み出して竜巻とフライスを繋ぐ鎖を断ち斬った。
「バークリー、マデリア、此奴を頼むっ!」
プリシラが魔王に堕ちようとする原因がフライスであることに疑いようもないが、だからこそプリシラにフライスを殺させるわけにはいかない。
背後に向かって叫んだミュラーはフライスの前に立ち、竜巻に向かって剣を構えた。
ミュラーの前にはサイクロプスが竜巻を守るように立ち塞がる。
「・・・クククッ、まさか貴様が妾の邪魔をしてくれるとはな」
サイクロプスの背後で収まりつつある竜巻の中から聞こえる声。
それは少女のものでありながら、背筋が凍りつくようなものだ。
ミュラーは悟った、全てが手遅れであることを。
背後でフライスを引き離そうとしていたバークリーとマデリアがミュラーに駆け寄ろうとするが、ミュラーは後退りしながら振り向くことなくそれを制する。
パンッ!
乾いた音と共にプリシラを包む竜巻が弾けた。
気付けば戦場にいた魔物達も戦いの手を止めて立ち尽くしており、周辺は静寂に包まれている。
竜巻が消えた後、その場に立っていたのは漆黒のドレスに身を包み、死神が持つような巨大な鎌を手にしたプリシラだが、彼女は既にプリシラではない。
ミュラーの前に立ち塞がっていたサイクロプスがプリシラの後ろに退くと膝をつき頭を垂れた。
「妾はプリシラ・ジーングロス。魔王である」
魔王として転生したプリシラはミュラーに向けて微笑みを向ける。
それは氷のように美しく、恐ろしい微笑みであり、歴戦の勇士であるミュラーですら足が竦んだ。