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審判の時

 ミュラーは目的の戦場の手前に部隊を展開するとフェイレス、バークリー、マデリアを伴って戦場の状況を確認するために先に進んだ。


「これは・・・なかなか厳しい状況ですね。援護するだけ無駄かもしれませんな」


 戦場を目の当たりにしたバークリーが呟く。

 そこで繰り広げられていたのは戦闘というよりも一方的な蹂躙だった。

 戦線が崩壊し、まともに戦うことすら出来ない兵士達が魔物達に追われ、囲まれ、そして次々と倒れてゆく。

 そこは規律も秩序も無い惨劇の場だった。


「フェイ、死霊兵で奴等を止められるか?」


 ミュラーの問いにフェイレスは首を振る。


「あの魔物達は使役者の支配下にありますが統率が取れていませんし、数が多すぎます。おそらく使役者の能力以上の術を強いられているのでしょう。あの数の魔物を抑え込むとなると、倍近くの死霊を投入する必要があります。しかし、そうしますと戦場がより混乱して襲われている彼等を救うことが出来なくなります。それでも宜しいなら・・・」


 フェイレスの説明にミュラーは強硬策を思いとどまる。


「そうすると、少数で戦場を迂回して敵の本陣近くに接近し、あの娘を捕らえるか」

「それがいいかもしれませんな。戦場の後方に魔力の歪みを感じます。あそこですね」


 バークリーが指差すのは戦いが繰り広げられている戦場の後方、敵の本陣だ。

 ミュラーは頷く。


「よし、我々4人で敵本陣に乗り込んで魔物使いを確保する。これでこの騒動を落着させる。さあ、時間が無い、急ぐぞ」


 ミュラー達は敵本陣に向けて移動を開始した。


 プリシラは深い闇の中を漂っていた。

 目の前の戦場ではプリシラに使役された数千の魔物達が『敵』と呼ばれ、戦うことを命じられた人々に襲いかかっているが、実際にはプリシラの能力と性格では数千もの魔物を使役する能力は無いし、魔物達にあのように残虐な戦いをさせることもできない。

 本来の魔物使いのプリシラは数十体程度の魔物を使役し、人々の為に働く、人も魔物も大好きな心優しい冒険者だ。


 そのプリシラが自らの全てを超越した力を行使している。

 虚ろな目で暗闇の中にその身を置いている。

 それもまたプリシラの性格故のことだった。


「ほら、敵軍も間もなく全滅だ。もっと魔物達を嗾けろ」


 プリシラの首にはめられた首輪の鎖の端を握る男。

 スクローブ宰相の長男であり、父が宰相の地位に就いたことから侯爵家を継いだフライス・スクローブ。

 プリシラはこの男の意のままに操られている。

 とはいえ、フェイレスやバークリーの言うとおり、怪しげな術で強制的に従わされているわけではない。


 アンドリュー対デュランの内戦が勃発した際にスクローブ侯爵家は領兵隊の他に領内の冒険者を金の力で徴用して最前線に送り込んだ。

 無論、心根の優しいプリシラはそのような企みに賛同することはなかったが、魔物使いという希有で有用な職種の冒険者を見逃すはずもなく「戦いが終わったらスクローブ領内の一部を魔物の保護地域にする」という甘言に加え「従わないならば危険な魔物を野放しにしてはおけないから徹底的に駆除する。それが嫌ならば魔物使いとしての実力を示せ」という脅しにより半ば強制的に参戦を余儀なくされた。

 それでも戦いの序盤はまだよかった。

 プリシラが扱える程度の数の魔物では大した戦力にもならず、与えられた任務も後方撹乱や支援のみであったのだが、皮肉なことにそれらの任務の積み重ねが短期間の内にプリシラの経験となり、その能力を底上げする結果を招き、プリシラの気持ちとは裏腹に最前線へと投入され、徐々にプリシラの精神を蝕んでいった。

 そして極めつけが、エストネイヤ伯爵との共同作戦でリュエルミラ領都に攻め入り、そこで謀らずとも1人の男、庭師のサムを殺害したことがきっかけとなりプリシラの心は完全に壊れてしまったのだ。

 全てを放棄して逃げ出したプリシラだが、スクローブ宰相等がそれを許すはずもなく、直ぐに捕らえられると、フライスによって囚われていた魔物の子らの命と引き替えに再び最前線へと送り出され、今に至る。


 自らの兵を損耗することなく敵を圧倒しているフライスはその結果が自分の采配の実力であると誤信していた。


「ほら、早く片づけろ。もたもたするな。これ以上時間を掛けるならば四半刻ごとに魔物の子を1匹ずつ吊し上げるぞ」


 薄ら笑いを浮かべながらプリシラの首輪の鎖を引くフライスだが、その言葉はプリシラに届いていない。


(・・・遠くで何かを命令する声が聞こえる・・・誰に向かって命令しているの?・・・『お前ではない。お前に命令できる者など存在しない』・・・私は今、何をしているの?沢山のあの子達に何をさせているの?あんなことさせたくないのに・・・『ならば力を欲しろ。力を手に入れろ。全ての頂点となる力を』・・・力?そんなものを手に入れてどうするの?もっと辛くなるだけじゃない?『違う!全てを屈服させる力だ。全てを守るための力だ!さあ、審判を受け入れろ』・・・力が欲しい!あの子達を守る力が!)


 突然プリシラの身体をどす黒い竜巻が覆った。

 パチパチと電撃を纏いながら渦巻くその様にフライスの本陣は大混乱に陥り、フライスは腰を抜かす。


「ああっ、間に合いませんでした。始まってしまいましたよ」

「主様、プリシラの暴走を止めましょう!」


 その時、戦場を迂回してきたミュラー達が飛び込んできた。

 目の前の光景を目の当たりにし、

ことの重大性を理解したバークリーとフェイレスが叫ぶ。


「止めろプリシラッ!自分を見失うな!」

  

 ミュラーは竜巻の中にいるプリシラに呼びかけた。

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