謎に包まれた謁見者
西の集落防衛戦から数日後、色々と雑務はあるが、ミュラーは落ち着いた生活を送っていた。
まだまだ領主の仕事は不慣れであるものの、徐々にではあるが軌道に乗りつつあるとミュラーは思っていたのだが、この考えは甘過ぎる誤解だ。
実際は有能な行政所長のサミュエルが報告内容を吟味してミュラーの負担にならない程度、というか微妙に負担になる程度に抑えているためであり、それに気付かずにややつけ上がっていたミュラーは
「本来ならば領主様に回して判断を仰ぐべき報告は現在の数倍の量です。お望みならば、その全てを漏らさず報告しますが?」
とサミュエルに告げられ、一刻も早く有能な側近を見つけなければと実感したのである。
この日は昼時を狙ってパットが領内の情報を持ってミュラーに会いに来ていた。
「街での領主様の評判は悪くはないよ。少しだけど生活に余裕が出来たって皆が言ってるよ」
ミュラーの執務室の会議机でミュラーの昼食のご相伴にあずかるパット。
食卓にはサンドイッチと副食の馬鈴薯の素揚げ、野菜と肉のスープが並ぶ。
「しかしなんだね、僕はご馳走になっている立場だし、これもとっても美味しいけど、貴族様らしくない食事だね」
美味そうにサンドイッチを頬張りながらパットが笑う。
確かにミュラーの食事は貴族の食事としてはあまりにも質素であり、来客でもなければ執務机で仕事をしながら食べることも多い。
来客といっても今のところはパットやサミュエル程度で、別にもてなさなければならない相手でもない。
「私自身が貴族の自覚がないしな、堅苦しい食卓は疲れるし、そもそも貴族の嗜みであるテーブルマナーってのも理解できん」
実際問題としてミュラーも歴とした辺境伯という爵位を持つ貴族であるため、クリフトンからテーブルマナーの手解きを受けてはいるが、ミュラーにとってそれは仕事の範疇であり、堅苦しいテーブルマナーや豪華な貴族の食事というのは肩凝りと胸やけの元であった。
それに、簡素で、質素に見える食事であるが館の料理人であるエマの料理は絶品であり、年齢的におっさんの域に足を踏み入れつつあるミュラーの嗜好に合わせたものであるうえ、パットが来たとなると、食べ盛りのパットに合わせた料理を用意してくれる。
「貴族の食事に興味があるなら今度振る舞ってやるぞ。ただし、肩が凝るぞ?」
ミュラーの提案にパットは首を振った。
「うーん・・・止めておくよ。僕にはこのご馳走で十分だ。それに、僕だけがいい思いをするのは孤児院にいる他の子に悪いしね」
因みに、パットが来るとエマは孤児院の子供達のために必ずお土産を用意してパットに持たせている。
それを知っているため、パット自身も無闇にミュラーのご馳走になりに来ない。
2週間に1回程度、領内の情報を集めて来て食事と小遣いを貰っている程度だ。
聞けば、普段は領都の色々な店の配達等の手伝いをして孤児院の運営を助けながら小遣い稼ぎの情報を集めているらしい。
「ところで、最近領内に見慣れない人がいるね」
「どんな奴だ?」
「それがよく分からないんだよ。行政所の近くで見掛けるんだけど、印象が覚えられないんだ。ただ、とっても恐いような雰囲気だよ」
パットの報告にミュラーは暫し考え込む。
パットは子供ながら感性が鋭く、いい加減な情報を持ってきたりはしない。
そんなパットが「恐いような雰囲気」と、曖昧な印象でありながら敢えてミュラーに伝えてきたのだから無視できる情報ではなさそうだ。
(恐い雰囲気?危険な雰囲気ではないのか・・・)
表現の微妙な違いが引っ掛かるが、この情報だけでは判断のしようもない。
とりあえず、パットには更なる情報を集めるように頼んだが、それは無駄なものとなった。
パットが情報を持ってきた翌日にはその相手の方がミュラーに謁見を求めてきたのだ。
翌日午後、サミュエルが1人の謁見希望者を伴ってやってきた。
その者を別室に待機させてミュラーに面会するサミュエル。
「とりあえず、側近希望者を連れてきました。しかし・・・」
自分で連れてきていながら何やら歯切れの悪いサミュエル。
「どうした?何か問題があるのか?」
「いえ、能力的には申し分ありません。魔力で巧妙に細工した求人票を見つけたのですからね。ここに来る前に私も面接しましたが、知識量も桁外れです」
「素晴らしいじゃないか」
「しかし、何と言いますか・・・何か引っ掛かるんですよね・・・」
普段の狡猾で物事を甘く見ているような口ぶりのサミュエルらしくもない。
「とりあえず会ってみよう。ここに連れてきてくれ」
館には謁見の間もあるのだが、ミュラーはその謁見の間を使おうとはせず、来客は全て執務室で対応している。
サミュエルが退室するのと入れ替わりに1人の女性がクリフトンに案内されてきた。
「・・・・」
案内されてきたのは1人の美しいエルフの女性だった。
希少なハイエルフだろうか、白銀のローブを身に纏い、ローブと同じ白銀の髪に透き通るような白い肌で吸い込まれるような美しさだ。
それでいながら、真っ暗な闇のような異様で独特の雰囲気を全身に纏っており、魔術の心得のないミュラーですらもそのエルフが膨大な魔力をうちに秘めていることが分かる。
ミュラーの背後に立つマデリアが珍しくピリピリとした殺気を放っている程だ。
ミュラーの前に立ち、僅かに膝を折り、静かに頭を下げる独特の礼をしたそのエルフはミュラーを真っ直ぐに見た。
「お初にお目にかかります。私はフェイと申します」
その美しいエルフはフェイと名乗った。