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進軍

 ラルク達が運んできた補給物資を受けて当面の兵站の問題が解決したリュエルミラ軍は一時的な休息を取ると直ぐに進軍を再開することとした。

 聞けばラルクは輸送部隊護衛の任を自ら買って出たようで、直ぐにリュエルミラに戻り次の物資を運んでくるとのことだ。

 他にもランバルト商会の武装商隊を含めて幾つもの補給部隊が前線に物資を届けてくるという。


「ローライネさんからの伝言です。ミュラー様は何の心配もなく存分に暴れまわって下さい。ミュラーさん・・様達が何処に向かって何処に展開しても、必ずやその先々に物資を届けてみせますわ。わ・・わ、私の愛をお受け取りくださいませ?・・とのことです」


 赤面しつつローライネからの愛の伝言を伝えると共にローライネお手製の焼き菓子をミュラーに渡すラルク。

 ミュラーは頭を抱えた。


「ラルクに何を言わせているんだローライネは・・・」


 呆れるミュラーだが、実のところミュラーも横で聞いていたフェイレスもローライネの真意を理解している。

 そして、伝言を伝えたラルク自身もローライネの気持ちを直接聞いていた。


「この戦いはリュエルミラにとって圧倒的に不利な戦いです。ミュラー様はその不利を覆すために邪道、外道な道を進みます。前線ではミュラー様とフェイレスの手によって筆舌に尽くしがたい惨状が繰り広げられている筈です。そして、そんな邪道に手を染めたあの2人を繋ぎ止めるのが私達の役目ですわ」


 そう伝えられて来たラルクだが、戦場跡の惨状を目の当たりにして実感した。

 そこかしこに倒れている兵士の死体の中には何者かに食い千切られたようなものも少なくない。

 そして、仲間であるはずの兵に覆い被さって喉元に食らいついたままの死体もある。

 この戦場でミュラーとフェイレスは死霊術を行使したのは明らかだ。

 このような戦いを続けていたらミュラーの精神が崩壊するかもしれない。

 それをローライネは案じているのだ。


「本当に私には過ぎた妻だよ・・・」

「はい」


 苦笑するミュラーに答えるフェイレスの表情もいつになく穏やかに見えた。

 その後、ミュラー率いるリュエルミラ軍は帝都に向けて疾風の如く進軍を始める。


 平原の戦いでラドグリス大公が率いる大軍がリュエルミラ軍に完膚なきまでに敗北し、ラドグリス大公も戦死したとの報告を受けててから数日、皇帝の執務室にはデュラン皇帝、スクローブ宰相、そしてデュランの姉であるエリーナがいた。


「デュラン皇帝、いったいどうなっているのかしら?貴方が帝位に就いて随分と経つのに未だに国内の混乱が収まらないというのは。あの忌々しいミュラーに何時まで好きにさせているのです?あのような不埒者、さっさと討ち取ってリングルンドの家名と領地を没収してしまいなさい!」


 デュランを見下すような視線で言い放つエリーナ。

 

「姉上、ことはそう単純なことではないのですよ」

「何を仰いますの?リュエルミラ地方が安定して豊かな土地となった今、リュエルミラだけでなく帝国西方一帯を併合し、私を後見としてアレク領主とする。当初から決めていたではありませんか!だからこそ貴方を皇帝の座に就かせたのですよ!」


 ややヒステリックにまくし立てるエリーナに辟易するデュラン。


「分かりました。可能な限り早急に事態を収束させます」

「頼みましたよ!」


 デュランの返答を聞いたエリーナは言い残して執務室を出ていった。


「困ったものですな、エリーナ様も」


 白々しく話すスクローブをデュランは睨む。


「姉上を焚きつけたのは宰相自身ではないか。まだ幼いアレクの後見という餌をチラつかせて姉上をその気にさせたのだろう?私利私欲の権化のような姉上だ、簡単に釣れただろうさ」


 デュランの言葉にスクローブは些かも動じない。


「焚きつけるなんて滅相もない。私は提案しただけですよ。その提案に共感して下さったのはエリーナ様です。しかも、アレク様の後見としてエリーナ様にリュエルミラ地方を差し上げればエリーナ様を帝都から引き離すことができる。誰も損をしない提案ですよ」

「ものは言いようだな・・・。しかし、そんなことよりも大きな問題が目の前に迫っている!」

「ラドグリス大公がああも大敗するとは予想外でしたな」


 また白々しく話すスクローブ。


(狸め、厄介者が始末できた程度にしか考えていないのだろうよ)


 デュランはそう思っても口に出したところで何の解決にもならないので黙っている。


「ミュラーの、リュエルミラ軍の動きはどうなっている?」

「ラドグリス大公を打ち破った後はこの帝都に向けて真っ直ぐ進撃しています。途中にある幾つかの都市や街を守る我が軍部隊と交戦しましたが、我が軍はことごとく打ち破られていす。やはりミュラーの側近の死霊術師が厄介ですね。ミュラーは基本的には配下の部隊を前面に押し出してきますが、その作戦に死霊術を織り込んでくるために並の部隊では為す術がありません。しかも、それらの都市や街を占領することなく進撃を続けているので思いのほか進撃の速度が早いですね」

「落とされた都市や街はどうなっている?」

「都市の行政機関や街の代表者に一時的に自治権を与え、我が軍から寝返った連中に守りを任せているようです」

「それでは都市に残した部隊が再び裏切って背後を突かれる可能性があるのではないか?」

「それも承知の上でしょう。しかし、現実的にはそのような事態にはなっていません」


 スクローブの説明にデュランも頷く。

 一度ならまだしも、そうもコロコロと裏切るような部隊は脅威にはならない。

 しかも、リュエルミラ軍は死霊術師による死霊兵を抱えている。

 死霊兵と戦い、その恐怖を刻まれた兵が再びリュエルミラ軍に歯向かうとは思えない。


「リュエルミラ軍がこの帝都に到達するのは何時頃になる?」

「早ければ6日程度、10日とはかかりますまい」

「帝都を守る戦力は?」

「帝国正規軍が8千、我が息子が指揮するスクローブ領兵が4千。他に遊撃としてエストネイヤ伯爵の騎兵連隊が2千程度です。国境警備や他の部隊、各家の領兵をかき集めれば2、3万は集まりますが、とても間に合いません」

「数の上で圧倒的に有利なのに、希望が見えないな・・・」


 デュランは呟くがスクローブは首を振る。


「そう悲観的に考える必要はありません。我が軍にも敵の死霊術に対向する切り札があります」


 スクローブは不敵な薄い笑みを浮かべた。


 その頃、帝都の端にある犯罪者収容施設。

 その地下には犯罪者を収容するにはそぐわない一際巨大な檻があり、そこにそれは捕らわれていた。

 明らかに人ならざる巨体の両腕、両足、そして首を鎖で厳重に拘束されているそれは特に暴れる様子もなく大人しくしており、その巨大な檻の向かいにある牢を赤く光る1つの目でじっと見つめている。


「・・・誰か・・もう・・嫌・・」


 救いを求めるか細い声、その声を聞いた1つ目のその巨体はその声の主が無事であることに安堵した。

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