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地獄絵図

「フェイ、頼む」


 オーウェンと軽口を叩いていた先程までとは打って変わって厳しい表情で絞り出すように呟いたミュラー。

 フェイレスはミュラーを横から見上げた。


「本当によろしいのですか?如何に主様のお考えとはいえ、まだ他に手段があるのではありませんか?」

 

 フェイレスですらミュラーの考えに異を唱えようとしている、それほどまでに非道な策をミュラーは実行しようとしているのだ。


「いいんだ、この戦争を一刻も早く終わらせるために必要な策だ。この策の責任は全て私が負うべきものだが、そうは言っても実行するのはフェイだ。フェイ、すまないが私と共に闇に手を染めてくれ」


 申し訳なさそうに語るミュラーに対してフェイレスは首を振る。


「いいえ、それは違います。私は死霊術師です。死霊を使役する私にとってそれは当たり前のことで、主様が私に遠慮する必要はありません。私が申し上げたいのは主様自身がこの業を背負う必要があるのか?ということです」


 ミュラーは薄い笑みを浮かべた。


「それこそフェイが気にするようなことではないな。私はこの最悪の策が最善だと判断したんだ。故にフェイが受け入れてくれるならば遠慮はいらない。さっさとけりをつけてしまおう!」


 フェイレスは頷くとミュラーの前に出た。


「・・・生命の旅の終焉を迎え、その役割を終えた亡骸達よ、その身に仮初めの魂を宿し、虚ろなる欲望に全てを委ねよ」


 低い声で詠唱をするフェイレス。

 戦場全体がフェイレスの死霊術の気に包まれた。


 惨劇が始まった。

 リュエルミラ軍やスケルトンウォリアー等によって倒れた兵達の死体が次々と立ち上がる。


・・・アアァァ、グゥ・・


 倒れた仲間、戦友だった者の死体が死霊と化して立ち上がり、虚ろな目で近づいてくることに兵士達は更なる混乱に陥った。


「おい、何だ・・・何がッ!」

「待て、俺だよ!分からないのか?待て、近づくな、来るなっ!やめろっ、やめ・・・」


 ゾンビと化した仲間に襲われ、生きたまま貪り喰われる兵士達。

 そして、襲われた者が更に死霊となって立ち上がり、未だに生きている仲間達に襲いかかる。

 それはスケルトンウォリアーやジャック・オー・ランタンに襲われることとは比べものにならない程の恐怖だ。

 

 ラドグリス軍の秩序は完全に崩壊した。

 狂乱状態になり、指揮官の指示も届かずに我先にと逃げ出す兵士達。

 止めようとする隊長を押しのけ、転倒した者の背を踏み、傷ついた仲間を置き去りにする。

 強引に引き止めようとした指揮官を兵士の刃が貫く。

 そして、倒れた者が次々と蘇り、仲間だったものを死の世界に誘い込もうとするかのように襲いかかる。

 それは正に地獄絵図だった。


「待て、私を置いていくな!金なら、褒美なら幾らでも・・・私を連れてっ、待ってくれ!」


 腰を抜かし、逃げる兵達に踏みつけられ、這いつくばいながら逃げようとするラドグリス大公。

 その足を死霊の手が掴む。


「ヒイィッ!うわぁぁ・・グゥ・・・」


 複数の死霊に組みつかれ、押し潰されたラドグリス大公の断末魔の声は戦場の狂乱に飲み込まれた。


 圧倒的の戦力差のあった戦いはリュエルミラ軍の奇襲とミュラーの非道なる策によりリュエルミラの勝利で終結した。

 ラドグリス軍の一部の部隊は秩序を保ち、どうにか持ちこたえているが、最早戦況を覆すことは叶わない。

 そして、ラドグリス軍の大半は秩序も何もなく壊走状態だ。


 その惨劇の一部始終を見届けたミュラー。


「ここまでだ。フェイ、終わりにしてくれ」

「かしこまりました」


 フェイレスが術を解くと、スケルトンウォリアーやジャック・オー・ランタンが姿を消し、ゾンビ達は糸が切れたように崩れ落ち、元の骸へと戻った。

 死霊達が姿を消してもラドグリス軍の大半は混乱状態のまま逃走を続けている。


「終わりましたね」

「まさか、ミュラー様がこのような策を講じるとは・・・」


 背後から声を掛けるのはオーウェンとマクシミリアン。

 フェイレスの素性を知り、ミュラーの覚悟も聞いていたオーウェンに驚きはないが、死霊術を初めて目の当たりにしたマクシミリアンは驚きを隠せない。


「私は今の帝国を叩き潰した後は帝国の政治に手を出すつもりはない。後のことを考える必要がないから、こんな策も選択できる。それに、この戦いを長引かせるつもりもないからな。短期間で決着をつけるためにはどんな手段も厭わない。そんな私に手を貸すにも抵抗があるだろう?今からでも遅くないぞ?」


 振り向くことなく話すミュラーにマクシミリアンは肩を竦めがら首を振る。


「とんでもない。私は安心しているんですよ。あのミュラー大隊長が何も変わっていないことに。死霊術というのは流石に強烈でしたが、大隊長は昔から勝つためには、仲間達と共に生き残るためには手段を選びませんでしたからね。どんなに劣勢で窮地に追い込まれてもえげつない手段で切り抜けてきました。だから、あの頃と何も変わっていない大隊長に安心したんです。それに・・・」


 マクシミリアンは戦場を見渡した。

 2万もの大軍だったラドグリス軍はリュエルミラとの戦いで3千程度の損害を被っており、他に一部の部隊が踏み止まり、態勢を立て直しているが、大半は逃げ出している。

 一見するとかなりの数を取り逃がしたようにも見えるが、現実はそうではない。


「効果は抜群ですね。逃げた連中はこの戦場で味わった恐怖を心に刻まれました。兵士としてはもう使い物にならないでしょうね」

 

 マクシミリアンの言うとおり、生き残って逃げ出すことが出来た兵達も、圧倒的有利でありながら敗北した事実。スケルトンウォリアー等の死霊と戦った恐怖。そして、目の前で倒れた筈の仲間が蘇り、自分達に襲いかかってきた悍ましい体験。

 それを心の奥底にまで刻み込まれた兵士は二度と戦場に立つことは出来ないだろう。


「さらに、逃げ帰った兵から他の帝国兵にこの出来事が伝われば、その戦略的効果は計り知れません。まあ、代わりにリュエルミラのミュラー様の評価は最悪、最低になるでしょうね。それでも、ことの善悪はともかく、結果的には最小限の損害と労力で最大限の効果を得た。ただ、一部厄介な連中が残りましたね」


 マクシミリアンの指示する先にはあれだけの惨状にも係わらず、秩序を保って生き延び、未だに武器を構えている者達がいる。

 数にしてみれば数百程度だが、彼等こそ厄介で手強い相手だ。


「そうだな、降伏なり撤退なりしてくれればいいんだが、それを拒否して覚悟を決められると厄介だな」


 ミュラーもマクシミリアンと同意見である。

 少数とはいえ、先程の惨劇にも心が折れなかった連中だ、決死の覚悟で挑まれると痛手をくらう。


「かといって、この場での戦いが終わった今、再び死霊兵を投入して無理に殲滅するのもな・・・」

「それならば、私に任せてくれませんか?」


 マクシミリアンの提案にミュラーは頷いた。

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