不退転の決意
バークリーが魔力切れから回復したのを見計らい、リュエルミラ軍は明日の朝にはリュエルミラを出立する。
ミュラーの宣言どおり、狙うは帝都西方に展開するラドグリス大公が率いる帝国軍主力部隊、そしてその背後の帝都であり、その戦いが終結するまではミュラーがリュエルミラに帰還することはない。
無論、リュエルミラ軍が負ければミュラーが生きて再びリュエルミラの地を踏むこともないだろう。
その晩、フェイレスとマデリアが早々に自室に引き上げたこともあり、執務室にはミュラーとローライネの2人きりになった。
応接用ソファーでお茶を飲みながら夜の静寂を楽しむ2人。
ミュラーとローライネの2人きりの時、話題に乏しいミュラーの方から話しかけてくることは殆ど無く、専らローライネが日常の他愛ないことを一方的に話して、ミュラーはそれに相槌を打つ程度だが、ローライネにとってはそんな他愛ない時間が何よりも愛おしく、幸せな一時なのである。
しかし、この夜は違った。
ミュラーはローライネの瞳をじっと見据えながら口を開いた。
「ローラ、私は明日の朝出立したならば、この戦いが終わるまでリュエルミラに戻ることはない。非常に不利で厳しい戦いでも負けるつもりはないが、敵には敵の都合もあるだろう。私に万が一のことがあった時、このリュエルミラの行く末を決めるのはローラの役目だ。領主の妻、いや領主として皆を守るために最善の手を尽くして欲しい」
ミュラーの言葉にローライネは薄く笑みを浮かべた。
「心得ておりますわ。ミュラー様の妻としてのローラはミュラー様の勝利を確信していますが、それは私個人としての想いですの。領主の妻としての覚悟も出来ておりますのよ。・・・でも」
そこでローライネの表情が一変する。
笑みを浮かべながらもその瞳からは感情が消えており、ミュラーですら背筋が寒くなるような冷たい笑みだ。
「ミュラー様に万が一のことがあった時、私は領主の妻として領民を守ることをお約束します。でも、私はミュラー様の妻として、ミュラー様を害した輩を決して許しはしませんわ。この身を悪鬼羅刹に喰わせてでもその輩を冥府の闇に落としてみせますわ」
「ローラ・・・」
ローライネは再び優しい笑みに戻る。
「だから、ミュラー様。私を闇に堕としたりしないでくださいませ」
そう言ってミュラーに涙を見せないようにミュラーの胸に抱きついた。
翌朝、出立の時。
ミュラーの前にはミュラーと共に前線に向かうゲオルドの大隊とバークリーの魔導小隊に加えてハイエルフとダークエルフの弓兵がそれぞれ1個小隊、そして、急編成ながらリュエルミラの防衛を担う志願兵部隊が整列した。
「これから我々は不退転の決意を持って帝国に攻め掛かり、我がリュエルミラを守るために帝国との全面戦争に突入する。我々の最終目標は帝都を陥落させ、現在の帝国の体制を叩き潰すこと。それを成すか、我々か敗北するまで戦いは終わらない。しかし、この戦いは短期間のうちに終わる筈だ。何故なら、我々が敗北するならばあっさりと殲滅させられるだろうし、我々が勝利するためには短期決戦、敵が態勢を整える間もなく勝負を決める必要があるからだ。そして、前進を始めた我々には後退という選択肢は無い!」
不退転の決意を述べるミュラー。
そのミュラーに率いられたリュエルミラ軍は留守を守るローライネ等に見送られ、第1大隊、第2大隊が展開する前線に向けて進軍を開始した。
館のバルコニーでミュラー達の姿が見えなくなるまで見届けたローライネ。
その背後にはサミュエルとクラレンスが控えている。
「行政所長は直ちにランバルト商会に連絡を取ってください。それから、クラレンス様、リュエルミラ防衛とは別に信頼のおける部隊を4個小隊程選抜してください」
ローライネに告げられたサミュエルとクラレンスはそれぞれ一礼した。
ミュラー率いるリュエルミラ軍の戦いはこれから本格化するが、それと同時にローライネの戦いも始まろうとしている。