密談
魔力切れと疲労で目を回したバークリーの回復を待つ間、ミュラーは今後の方針について皆を集めて会議を行うことにした。
参加者はリュエルミラ幹部に加えてリュエルミラに滞在しているクラレンスやラルク等の貴族や投降した各部隊の隊長達も集まっている。
「今後の方針といっても帝国に対する自衛的積極攻撃を継続することに変更はない。しかし、今後も帝国が我々の背後を突いてリュエルミラを攻める可能性も高いからリュエルミラの防衛についても強化する必要がある。そのことについて皆の意見を聞きたい」
会議の口火を切ったミュラーの言葉に続いてクラレンスに同行してきた近衛騎士団の隊長が起立した。
「この会議の席に我々も出席を認められたということは我等にも役割がある。と考えて宜しいか?」
ミュラーは頷く。
「リュエルミラ防衛と帝国への攻撃について志願者を募る予定だ。志願者はその役割の範囲で必要な武装をすることも認める」
ミュラーの言葉に隊長達が色めき立つ。
「我が隊を攻撃隊に加えてください!」
「我等クロウシス領兵隊も是非!」
しかし、ミュラーは厳しい表情で皆を見渡した。
「一部の隊は攻撃隊の後詰めとして参戦してもらうが、基本的にはリュエルミラ防衛に当たってもらいたい。特に近衛騎士団はハロルド皇子等の護衛の任務もあるだろうから必然的に領都防衛だ」
ミュラーの方針を聞いても隊長達の瞳に宿った炎は消えなかった。
所属は違えど彼等も軍人として燻っているよりは、例え何事もなく、剣や槍を持って立っているだけでも何かを守るためにありたいという誇りがあるのだ。
部隊編成についてはゲオルドに任せることにしたミュラーは次に採る行動について皆に説明をする。
「次の目標はラドグリス大公だ。現在の帝国の軍務を牛耳っている大公を討ち、帝国の軍事を瓦解させる」
現在のリュエルミラの兵力を考えれば誰が聞いても無謀な策だと思うが、反対意見を述べる者はいない。
決断したミュラーの表情がそれを許さないのだ。
バークリーの回復を待つ間の会議とは名ばかりの方針の説明は短時間で終了した。
ミュラー自身、皆で意思疎通をするための会議を行う機会も多いが、ダラダラと長い会議は好きではないので用件が済めばさっさと終わらせるのが常だ。
会議が終わり、皆が退室した執務室に残ったのはミュラー、ローライネ、フェイレス、マデリアにクラレンス。
クラレンスから内密に話があるということだ。
「ミュラー殿、ラドグリスを討つとのことですが、ラドグリス直属だけで数千、いや1万近い軍を配下に置いています。さらに直属でなくとも他の部隊も動員できるとなれば数万の軍勢となるでしょう。勝ち目があるのですか?」
クラレンスの問いにミュラーは肩を竦める。
「勝ち負けで論ずるなら私の領兵連隊は二千にも満ちませんから単純に考えて勝ち目はありませんよ。ただ、まあ方法は無いわけではありませんがね」
「しかし、ラドグリスを討ったとしてもその後に控えるデュラン、スクローブとの戦いはより厳しいのではありませんか?」
「ま、厳しいといえば厳しいですね」
ミュラーの反応にクラレンスは薄い笑みを浮かべた。
「そこで1つ提案なのですが、デュラン皇帝に対抗する新たな旗印を掲げては如何ですか?」
「それはつまりハロルド皇子やミルシャ、シャミル皇女を祭り上げるということですか?だったらお断りです。何度も言いますが、私は帝国の宮廷闘争に加担するつもりはありません。私が挙兵したのはあくまでもリュエルミラ領主としての自衛的判断です」
ミュラーの答えはクラレンスとしても想定の範囲内だ。
「私が申し上げる旗印とはハロルド殿下等のことではありません。ミュラー殿自身です」
「何を言っているのですか、ばかばかしい」
突拍子もない提案にミュラーは鼻白むが、クラレンスの表情は真剣だ。
「私はミュラー殿自身が次なる帝国の支配者でもいいと考えています。そのために必要な物は私が持っています」
「国璽ですか?」
「よくご存知で」
「まあ、何かと奥の手があるようにチラつかせて私を煽っていましたからね。国璽の1つでも持ち出してきたのではないかと思いましたよ」
「流石はミュラー殿。しかし、今一つですね」
「と申しますと?」
「私が帝都から持ち出したのは国璽だけではありません。聖剣、宝冠、国璽の三器全てを持ち出してきました」
「まさかっ・・・」
とんでもない告白にミュラーは絶句した。
「驚くのは無理ありません。国璽や宝冠はともかく、聖剣はデュラン皇子が手にしていることになっていますからね。宝冠はアンドリュー皇子、聖剣はデュラン皇子、そして国璽の在処は不明ということで、双方共に皇帝即位の儀式を行えていないのですが、実のところ、三器全てはエドマンド陛下の命を受けて私が隠匿しており、両皇子が手にしたのは何れも偽物です」
ミュラーは背後に控えるマデリアに目配せをした。
ミュラーの意図を汲んだマデリアは執務室から退室してゆく。
執務室に誰も近付かせないためだ。
「詳しく聞かせてもらえるのですね?」
確認するミュラーにクラレンスほ頷いた。
「はい。しかし、聞いたら後戻りは出来ませんよ?」
「もとより後戻りするつもりはありませんし、後戻り出来るような立場でもありませんよ。但し、私の決断はクラレンス殿が望むものかどうかは別問題です」
ミュラーとクラレンスの密談が始まった。