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プリシラ

 リュエルミラを脱出したプリシラは深い闇の中にいた。

 とはいえ、現実的に闇の中にいるのではなく、今プリシラがいるのはリュエルミラから離れた森の中の川辺だ。

 川辺で膝を抱えて俯いている。

 傍らには常にプリシラに付き従い、プリシラを守っているサイクロプスが1体のみ。

 リュエルミラ襲撃で唯一生き残ったオーガは傷を治してやった上で安全な場所まで退避した後に解放した。

 サイクロプスがプリシラを守るように佇むが、そもそも魔物使いのプリシラは余程のことがない限りは魔物に襲われることはない。

 そんなプリシラの心は闇に閉じ込められていた。


(・・・私は戦いたくない。・・・あの子達だって本当は戦いたくないのに、何でこんなことをしなければならないの?)


 プリシラは魔物使いの冒険者である。

 魔物を使役し、様々な依頼をこなしてきたが、その中には人に仇なす魔物対し、使役する魔物をもって討伐することもあったし、他の冒険者が魔物の素材目的や経験値稼ぎのために魔物を倒すのを目の当たりにしてもそれが自分の使役下にある魔物でない以上は干渉することもなかった。

 魔物を使役下に置いたり、討伐したりと、一見すると矛盾しているようだが、テイマー職にある者はその辺りの線引きをしっかりしないと務まらない。

 プリシラ自身も未だ未熟ながら魔物使いの最低限の線引きは守っているが、基本的には様々な生態を持つ魔物が好きで、愛おしく思っているのだが、その気持ちをスクローブ宰相に利用されてしまったのだ。

 内戦勃発時、帝国での確固たる地位を確保せんと目論んでいたスクローブ侯爵は自領の冒険者ギルドに所属する冒険者で利用価値のある者を金と自らの権限をもって徴発した。

 その中の1人がプリシラだったのだが、内戦への参加を渋るプリシラに対してスクローブ侯爵は「要請に応じるならばスクローブ侯爵領内において、人に害をなさない魔物は無闇に討伐しない。しかし、応じないならば、反抗の意思があると見なし、領内の混乱を未然に防止する目的で領内の魔物は冒険者や領兵をもって徹底的に駆除することになる」と通告された。

 さらに、何体もの魔物の幼体を捕らえてプリシラへの強要の材料としたのだ。


 結果的にプリシラはスクローブ侯爵の徴発を断ることが出来ず、内戦終結までという条件でそれを受け入れ、望まぬ戦いに身を投じ、辛い戦いを繰り返してきた。

 しかし、内戦がデュランの勝利で終結し、解放されるかと思えば、新たに宰相となったスクローブの命により約束は反故にされ、残党狩りと称して更なる辛い戦いを強いられることになり、その中でプリシラの心は蝕まれていったのである。


(辛いよ・・・何で私が・・私だけが・・・『誰のせいだ?』・・・私は戦いたくない・・『お前にそれを強いるのは誰だ?』・・)


 プリシラの心の闇の中から呼び掛けるもう一つの声にプリシラ自身は気付いていなかった。


 リュエルミラのミュラーの館ではエストネイヤ騎兵連隊と魔物使いプリシラの襲撃による唯一の犠牲者であるサムの弔いが行われようとしていた。


「ミュラー様、勝手なお願いではあるのですが、サムが育て、サムが好きだったこの花々と一緒にしてあげたいのです。そうすればサムはこれからも花を育てることが出来ます」


 ステアの頼みにミュラーとローライネは頷いた。


「それがいいだろう」

「いい考えだと思いますわ」


 ミュラーとローライネの許しを得たステアはバークリーを見る。


「バークリーにお願いがあるの」

「なんでしょう?」

「貴方の魔法の力でサムの遺体を焼いて欲しいの。骨も残さず、全て灰になる程に」


 予想外のことにバークリーは首を傾げる。


「私ですか?」


 確かに最近のステアは仕事としてバークリーの世話を焼いたり、バークリーがミュラーとカードゲームをする際にバークリーに協力してミュラーをいかさまに嵌めたりと、2人の距離は縮んでいたが、それでもバークリーが奴隷商の一味としてステアとサムを魔力で支配していたことは事実だ。

 バークリー自身、その過去を悔いるつもりも、2人に詫びるつもりも無いが、その過去を正当化するつもりも、過去を覆すつもりもない。

 そして、そんな自分がサムの埋葬について手を出してよいのか?

 いくら厚顔無恥のバークリーでも憚られるのではないかと考えたのである。

 しかし、ステアは決意に満ちた瞳でバークリーを真っ直ぐに見た。


「バークリーにお願いしたいの。サムの灰をこの花畑の土に還してあげたい。これからもずっと花に囲まれて、花を育てて欲しいの。そして、サムがバークリーを許したのだから、私の禍根も一緒に燃やして欲しい・・・」


 ステアの決断にバークリーは頷く。


「分かりました。骨の欠片も残さずに全てを灰にしてあげましょう。但し、時間が掛かりますよ。そうですね、明日の夜明け頃でしょうか?」


 バークリーの説明にミュラーが口を挿む。


「随分と時間が掛かるんだな?」


 ミュラーの問いに対してバークリーは珍しく真剣な表情だ。


「私の全力の魔力では灰も残さずに吹き飛んでしまいます。骨まで灰にするとなると、魔力を調節しながら時間を掛けて焼く必要があります。その上で僅かな灰も失わないために空間遮断の魔法を同時に行使する必要がありますので、流石の私でも夜通し掛かりますよ。まあ、複数の魔術師で行えば短時間で終わりますが、こればかりは私1人でやらせてもらいます。明日の朝までには終わりますので皆さんは休んでいて下さい」


 そう言うとバークリーは皆に背を向け、横たえられたサムの遺体に向き合った。


 先ずは空間遮断の魔法でサムの遺体を包む。

 髪の毛1本、焼いた灰の1粒まで風に散らさずに済ませるためだ。


「これが最後のお別れですよ」


 ステアに伝えるバークリーだが、ステアは頷いただけでサムに近付くことも声を掛けることもしない。


「別にお別れではないわ。私達の心の中に生きている、なんて陳腐なことは言わないけど。ここにはサムが生きた証しがあるし、その花々はこれからも育っていくのですからね」


 ステアの言葉を聞いたバークリーはサムの遺体を炎で包み、サムの葬送を始めた。


 それから一晩掛けてバークリーは己の魔力の全てを使いステアとの約束どおりサムの遺体を骨の欠片も残さずに真っ白な灰になるまで焼き尽くし、ステアはバークリーの背後に立ち、その全てを見届けた。

 そして、翌朝にはミュラーや館の職員、サムに助けられた子供達に見守られ、ステアの手によってサムの灰は花畑の土へと還ったのである。


「サム、貴方が育てた、これから育てる花や貴方が守ろうとしたものは私が守るから、貴方は何も心配せずにゆっくりと休みなさい」


 土に還ったサムに優しく語りかけるステアの瞳に涙は無かった。

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