西の集落防衛戦3
ミュラーはオークの追撃を受けながら後退を続ける前線部隊を突っ切ってオークの群れに斬り込んだ。
剣を一閃してオークの首を刎ね、身を翻して別のオークを袈裟斬りにし、さらに後続の顔面を突く。
一瞬で3体のオークを葬ったミュラーは深入りはせずに即座に後ろに跳ぶ。
それを援護するようにマデリアの投げナイフがミュラーを追おうとするオークの目に突き刺さる。
オーク達の動きが鈍った。
「集落入口に防御線を布く。それ以上後方は無いぞ!踏みとどまれ!」
ミュラーが前線に出て奮起したのはリュエルミラ領兵の6人だ。
彼等を奮い立たせたのはミュラーの指揮の下ならば負けることはない、いや、負けたとしても生き残れるという、根拠は無いが、経験と実績のある自信だった。
一方で集落の中でも冒険者達を前にして剣士が声を上げる。
「俺達は冒険者だ!魔物退治はお堅い役人や兵隊達よりも俺達の仕事じゃないのか?なのに、この戦いで俺達は何をした?初戦で敵を突っついただけで、後は見ているだけ。それどころか、一部の勝手な行動で戦線を崩してしまった。この集落は深淵の森に入る俺達の拠点となる場所だ。俺達のために食料を、休息の場を提供してくれるここを俺達が守らなくてどうする。今後どの面下げてこの集落に来るんだ!」
剣士の話を冒険者達は無言で、闘志を燃やしながら聞いている。
「確かに俺達は集団戦は苦手だ。だが、俺達には個々の強さと自由と柔軟性がある。今こそ示せっ!冒険者の意地とプライドをっ!」
「「おおーっ!!」」
冒険者達は戦場に向けて駆け出した。
一丸となって、ではなく、散開し、自分の間合いとタイミングを狙ってだ。
ミュラーも冒険者達が動いたことに気付く。
本来、冒険者の投入はもっと後のつもりだったが、先のパーティーの先走りのように、軍隊とは違う冒険者が大人しくしていられないことも理解した。
ならば、その予定外の動きであっても作戦に組み込んでしまえばいい。
「冒険者達は迂回して敵の背後に回り込み、敵の後方にいる集団に当たれ。逃げるオークは放っておいていい!後方集団を潰したら正面の敵の背後を突いてくれ!」
集落の正面に防御線を布く前線部隊に混ざられても混乱するだけだ。
冒険者達はあくまでも遊撃隊として動いてもらった方が戦場全体を掌握し易い。
一時は崩壊しかけた戦況が一気に吹き返した。
集落の柵や堀を活用し、互いに連携して損害を抑えながら確実にオークを討ち減らして最終防御線を死守するリュエルミラ領兵と衛士隊。
己の戦闘スタイルを信じ、敵後方を縦横無尽に駆け回る冒険者達。
2つの集団が連携するのではなく、個々の特性を生かしてその力を最大限に発揮することにより、戦況は一気に有利に傾き、太陽が天頂に達する頃には壊走するオーク数体を残して群れの大半を殲滅することに成功した。
「よし、作戦終了だ。損害を確認しろ」
剣を納めたミュラーが戦闘終結を宣言する。
「森に逃げ込んだ残党を追わなくていいのか?」
一部の冒険者から異論が出るが、ミュラーは首を振る。
「特に必要性を認めない。奴等は単純だが学習能力があり、そして本来は臆病な魔物だ。旅人や冒険者等に出会って自分よりも小さく弱い存在だと思えば襲い掛かってくるが、今回のように人間の集落を襲った挙げ句に恐怖を刻み込まれて逃げ出した魔物は人里を恐れるようになる。わざわざ追撃する必要はない。討伐実績が欲しくて追撃するというのならば止めはしないが、そこから先は冒険者の仕事の範疇だ」
あくまでも集落防衛は終了したというミュラー。
そこまで言われると冒険者にしても、戦いの後の疲労がある状態で自分達だけで危険な深淵の森の中まで追撃をしようとする者はいなかった。
結果、念のため衛士隊1個分隊と冒険者数名が警戒のために集落に留まることとし、西の集落防衛戦は衛士隊に3名と冒険者に8名の犠牲を出して終結した。
60人中11人の犠牲者を出しながらも倍以上の敵を相手に損害を抑えて敵を駆逐した。
損害は決して少なくないが、ミュラーの領主としての初戦は多くの人から見事な勝利だと評価されたが、それを言われる度にミュラー自身は
「負けなかっただけだ」
と訂正していた。