サム
帰還を急ぐミュラー、フェイレス、マデリア、バークリーと魔導小隊。
「主様、前方より騎兵部隊が接近してきます。連隊規模、エストネイヤ騎兵連隊です」
スペクターを先行させていたフェイレスの報告にミュラーは足を止めた。
「騎兵連隊の全隊か?撤退しようとしているのか?妙だな、領都にはゲオルドの大隊もいた筈だし、機動大隊だけでもこうも早く領都が陥落するとは思えない。仮に領都を落としたとしたら連隊全てを撤退させるとも考えられない」
考えられるのはゲオルド達がエストネイヤ騎兵連隊を撃退したということだが、それはあり得ない。
守りに徹して持ちこたえることは可能でも、短期間で撃退させることは第3大隊と衛士機動大隊では不可能だ。
「主様、領都は無事です。大きな損害も無さそうです」
フェイレスの更なる報告にミュラーは首を傾げる。
そうこうしている間にこちらに接近してくるエストネイヤ騎兵連隊の姿をミュラーの視界にも捉えることができた。
「やはり撤退か・・・」
確かに向かってくるのは連隊規模。
エストネイヤ騎兵連隊の全部隊だろう。
「主様、死霊兵を出しますか?」
「私の魔導小隊で先制することも出来ますよ」
フェイレスとバークリーが具申するがミュラーは首を振る。
「フェイが死霊術師であることはバレているだろうが、此方の手の内はまだ見せたくない。バークリーの魔法攻撃にしても連隊規模を相手にするには火力が足りない。先ずは伯爵の様子を見てみよう」
その間に相手もミュラー達の姿に気付いたようで、部隊が足を止めた。
そして、5騎程の小部隊が此方に向かって近付いてくる。
エストネイヤ騎兵連隊の連隊旗を従えて近付いてくるのはエストネイヤ伯爵だ。
「攻撃してくるつもりはなさそうだな・・・話を聞いてみるか。バークリーとマデリアは一緒にきてくれ。フェイは何時でも死霊兵を召喚できるようにこの場で待機してくれ」
「かしこまりました」
ミュラーはバークリーとマデリアを連れてエストネイヤ伯爵に近付いた。
「やあ、ミュラー殿。卿が留守の間にちょっと用事があってね、お邪魔していたのだが、どうにも上手くいかなくてね、お暇するところだよ」
いつもどおり揶揄うように、飄々と話す伯爵だが、ミュラーも冷静さを失わずに答える。
「見たところ撤退中のようですが、リュエルミラ侵攻は失敗ですか?」
「いやいや、侵攻だなんてとんでもない。ローライネの身柄を押さえて卿を説得する材料にでも、と思ったのだが、宰相に預かった別働隊がしくじったらしい。こちらとしても変な死霊達やゲオルドに手を焼いていたところだし、そうとなれは長居は無用だから帰るところだ」
白々しく黒幕がスクローブ宰相であることを暴露しつつミュラーの後方に待機するフェイレスを横目に見ながら笑う伯爵。
「帰ると言いますが、私の領地に攻め込んでおきながらそのまま帰るつもりですか?」
低く、冷たく言い向けるミュラーだが、伯爵は動じない。
「私はもう戦う気はないのだが、それでも一戦をお望みならば応じよう。しかし、それよりも帰還を急いだ方が良いのでは?」
「・・・・」
「我が連隊はゲオルドに阻まれて領都に攻め入ることは敵わなかったが、別働隊は卿の館に直接攻撃を加えた筈だ。ローライネを捕らえることは出来なかったが、どの程度の被害が出ているかは私にも分からない。ここで無駄に時間を費やすのは愚策だと思うが?」
伯爵の騎兵連隊が相手ではフェイレスの死霊兵を投入しても一筋縄ではいかないだろう。
それに、ミュラーも反帝国の旗を掲げた以上はこの状況でフェイレスの死霊術の実力をひけらかすようなことは避けたい。
「分かりました。速やかに我が領内から退去してください」
ミュラーも伯爵との交戦を避ける選択肢を選んだ。
「そうさせてもらおう。次に戦場で相まみえることがあれば、その時こそ雌雄を決しよう」
「貴方との決戦など願い下げですよ」
「それはつれないな。まあ、いずれまた・・・」
そう言うと、伯爵は連隊を率いてリュエルミラ領内から撤退していった。
ミュラーが領都に帰還すると、領都正面入口付近には戦いの痕跡はあったが、エストネイヤ伯爵の言うとおり、領都内への突入は阻止されたらしい。
現場ではゲオルドが指揮を執り負傷者の救護や復旧作業が行われていたが、損害は軽微のようだ。
ミュラーはゲオルドからの報告を後回しにして館へと急いだ。
館の前ではいつもどおりローライネがミュラーの到着を待っていた。
「おかえりなさいませ、ミュラー様」
「ローラ、無事だったか?すまない、領都の守りを疎かにしてしまった」
詫びるミュラーにローライネは首を振る。
「ミュラー様に後顧の憂い無く戦ってもらうため、領都を守るのは留守を預かる私の役目です。お詫びするのは私の方ですわ。それでも、領民はこの館に避難して犠牲者はおりません。皆の働きのおかげです」
ローライネの言葉にミュラーは安堵したが、ローライネの表情が優れない。
「何かあったのか?」
ミュラーの問いにローライネは目を伏せるとミュラーの手を取った。
「ついてきて下さい」
ローライネに案内されて館の裏手に来たミュラー。
サムが育てた花畑の中にサムが横たわっていた。
傍らにはステアがいる。
「サムは避難してきた子供達を守ろうとして、敵の魔物使いと戦いました」
ローライネの説明を聞きながらサムの様子を見るミュラー。
瀕死の状態のサムは腹部や腹の傷が深く、助けようがないことは明らかだ。
「何故医務室なりに運んでやらない?」
ミュラーの問いにステアが答える。
「サムがそれを望みませんでした。
自分が助からないことを知った上で、自分が育てた花に囲まれていたいと・・・」
ミュラーはサムの横に膝をついてその額に手を当てた。
うっすらと目を開くサム。
「・・・ミュラー様・俺、皆を守った。・・・ミュラー様との約束を守った。自分が守りたいもののために勇気を出して戦った・・・」
サムは安らかな微笑みを見せる。
「ああ、よくやった。サム、立派だぞ」
「俺、ミュラー様に雇って貰えて幸せだった。ミュラー様はあの辛い日々から俺とステアを救ってくれて、俺達に役目をくれた。俺、一生懸命花を育てた。こんなに綺麗な花を沢山育てた。奥様にも沢山褒めてもらえて嬉しかった。そして、みんなを守って、こんなに綺麗な花に囲まれて眠れるんだ・・・」
徐々にサムの視点が合わなくなってくる。
ステアがサムの手を握る。
「サム、サムッ!」
「・・・ステア・・・いつも一緒にいてくれてありがとう。俺、もうバークリーのことは恨んでいない。この館の皆が大好きだ。だからステアも、自由に・・幸せになってほしい。・・・ありがとう、お姉ちゃん・・・」
「サム・・・・サム・・私こそ、貴方のお姉ちゃんでいられて幸せだったわ」
「あ・がと・・テア」
姉のステアの声に送られ、皆に見守られてサムは眠るように旅立った。