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悲劇の始まり3

「ローライネ様っ、館の裏手に敵が入り込みましたっ!避難しようとしていた子供達と鉢合わせしてしまいました!」


 ローライネの下に走ったステアの報告にローライネは驚愕した。

 エストネイヤ伯爵の人となりと騎兵連隊の実力を考えて手持ちの戦力であるゲオルドの大隊全てを前線に投入してしまった。

 戦事に疎いローライネは狡猾な性格とはいえ、騎士道と規律を重んじ、また、体裁を気にするエストネイヤ伯爵がまさか背後を突いてくるとは考えていなかったのだ。

 

「まさか、お父・・エストネイヤ伯爵がそんな手を・・・。侵入した敵の戦力はっ?」

「魔物使いが操っている大型の魔物が3匹、トカゲの魔物が5匹です。サムが1人で食い止めています!」

「魔物使い?少数による奇襲ですのね?」

「はいっ!」

「急ぎましょう!」


 一刻の猶予もない。

 ローライネはクラレンスとサミュエルにこの場を任せ、ローライネの護衛に残っていた3人の騎士を引き連れて現場へと走った。

 広い敷地とはいえ、そう遠くはない、必ず間に合う。

 そう信じてステアを先頭に庭園を駆け抜けた。


 ローライネ達が駆け付けた時、現場は異様な静寂に包まれていた。

 周囲にはリザードマン達の死体が散乱しており、その中央でサムが1体のオーガを抱え上げている。

 オーガはサムの腕から逃れようともがいているが、サムがそれを許さない。

 もう1体のオーガはサムの足下で胴体と首が真逆の方向を向いたまま倒れている。

 そして、サムから少し離れた場所にサイクロプスの肩の上に乗った魔物使いの少女が顔を青ざめさせていた。


「「サムッ!」」


 ローライネとステアが同時にサムを呼んだ。

 サムはオーガを抱え上げたまま、ゆっくりと振り返る。


「・・・ステア、奥様、来てくれた。俺、みんなを守った。子供達、誰も怪我していない」


 ニッコリと笑うサム。


「サム、もう大丈夫。そいつを離して下がりなさい。後は彼等が引き受けますの」


 3人の騎士がローライネの前に立ち、剣を構えた。

 サムはゆっくりと頷いた。


「ふんっ!」

 

 サムは抱えていたオーガを投げつける。

 地面を転がったオーガは即座に起き上がり、再びサムに飛び掛かろうという雰囲気だ。


「待ちなさい、下がりなさい!」


 プリシラが命じるが、オーガの耳には届いていない。

 しかし、サムもオーガもそれ以上動こうとしない。


「サム?」


 ステアが声を掛けるとサムはゆっくりと振り返った。


「・・・ステア、俺・・守りきった。みんなを・・・花を・・」


 そのまま崩れ落ちるように倒れ込むサム。

 サムの胸や腹には複数の剣が突き刺さっている。

 それが致命傷であることは明らかだ。

 ステアの視界が急激に色を失う。

 目の前の光景が理解できない、理解することを心が拒否している。

 何も考えられない、考えたくない。

 無意識のうちにステアの全身に殺気が漲ってくる。

 ステアが放つ殺気にオーガが反応するが、ステアの動きの方が早い。

 オーガの懐に飛び込むと、その身を翻して片手を地に着けるとオーガの顎目掛けて踵を突き上げた。

 護衛メイドであるが、徒手による戦闘スタイルが主であるステアは普段は武器を持っていない。

 体重の軽いステアの打撃は軽いと思われがちだがそれは誤りだ。

 鍛え上げられ、全身がバネのようにしなやかなステアは攻撃の際に力を一点に集中し、そこに気を乗せて繰り出してくるが、その威力は凄まじいものがある。

 例え胸甲の上から受けてもその衝撃で背骨が叩き折れてしまう程だ。

 しかも、足技が得意なステアは爪先と踵に鉄板を仕込んだ専用の靴を履いている。

 そんなステアの渾身の蹴り上げはオーガの顎を軽々と叩き割った。

 血を吹き出してながら仰け反るオーガに追い打ちをかけようとするステアと顎を割られた程度では戦意を失うことはないオーガ。


「「止めなさいっ!」」


 ローライネとプリシラの声に両者の動きが止まった。


「ここはリュエルミラ領主ミュラー・リングルンドの館です。これ以上の狼藉は許しません」


 騎士を従えて前に出るローライネ。


「・・・」


 凛としたローライネの迫力に答えることができないプリシラ。


「このタイミングで館を襲うということはその目的は私なのでしょう。おおかた私を人質にしてミュラー様を止めようという魂胆なのでしょうが、それは無駄なことです。ミュラー様は事を成し遂げるためならば私など躊躇なく切り捨てます。そして、私自身ミュラー様の障害となるならば自らこの首を掻き切ってみせますわ」


 微笑みながら話すローライネだが、その目は全く笑っていない。


「それに、ミュラー様不在とはいえ、エストネイヤ伯爵はこうも稚拙な策が上手くいくとは思っていない筈ですの。誰に指示されたのかは分かりませんが、伯爵も貴女もこの策に乗り気ではなかったのではありませんの?あの男が本気で策を巡らせたならばとうに私の身柄は伯爵の手に落ちているでしょう。尤も、その場合に伯爵が手に入れるのは私の亡骸ですけどね」

「・・・・」

「退きなさい。貴女が退いて作戦が失敗したと分かればエストネイヤ伯爵も兵を退く筈です。これ以上非戦闘員の犠牲を増やしたくありません」

「非戦闘員?」

「彼の服装を見て貴女も薄々気付いていたでしょう?彼は、サムはこの館の庭師ですのよ。心根の優しいサムですから子供達を守ろうとしたのでしょうね」


 ローライネの言葉にプリシラは全身の血が凍りついた。

 確かにあの男は兵士らしからぬ服装だったが、プリシラの魔物達を相手に一歩も退かなかったその戦いぶりは戦士のものだ。 

 かつては戦いの中に身を置いていたことは間違いないないのだろうが、たった今プリシラと戦った男は兵士でも戦士でもない只の庭師、つまり非戦闘員だった。


「あっ・・・あのっ・・・」

(何で・・私はこんなことをしたくないのに・・・何でこんなことに・・・)


 プリシラの心の中が暗い影のようなものに包まれる。

 頭を抱えて泣きそうな表情を浮かべるプリシラ。


「速やかに立ち去りなさい。でないとただでは済みませんのよっ!」


 ローライネに一喝されても気持ちの揺らぎが収まらない。


「・・あっ・・・あの・・・ごめんなさいっ」


 それでもギリギリのところで踏み止まったプリシラはサイクロプスと生き残りのオーガを連れて逃げ出した。

 ミュラーの館を出たプリシラは持っていた煙玉をサイクロプスに天高く投げさせた。

 エストネイヤ伯爵に作戦失敗を告げる合図の煙玉だ。


 ローライネが看破したとおり、作戦失敗の合図に気付いたエストネイヤ伯爵はそれ以上の攻撃を止めて速やかに騎兵連隊を撤退させた。


  

昨年最後の投稿にするつもりが、間に合わずに今年最初の投稿になってしまいました。

そんな本作も終盤に入りつつあります。

今年もお付き合いいただけたら嬉しく思います。

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