悲劇の始まり2
「子供達を泣かせるなっ!」
激怒するサムの迫力に魔物達が反応して猛り立つ。
リザードマン達は喉から威嚇音を鳴らして剣を構えながらサムを取り囲み、オーガは牙を剥き出しにして今にもサムに飛び掛かりそうな勢いだ。
「みんな、止めなさい!下がりなさい」
プリシラが声を上げるが、興奮した魔物達の耳に届かない。
「うぅぅ、こわいよう・・・」
「やだぁ、助けて!」
「大丈夫だよ、ほら、みんな立って!あっちに行くよ!」
「何も恐くありませんよ。私達がついています」
恐怖に震える子供達を何とか避難させようとするパットとシスター達。
「早く、みんな逃げるんだ!」
サムの物置小屋から鉈を持ちだしてきたラルクがサムの隣に立つ。
「手伝いますっ!」
そう話すラルクだが、今にも襲い掛かってきそうな魔物達を前に腰が引けて小刻みに震えている。
そんなラルクの様子を横目で見たサムは笑みを浮かべた。
知能が低いとはいえ、地下闘技場で何度も死線をかいくぐってきたサムだ。
ラルクが満足に戦えないことは一目で分かる。
「お前は強い。だから子供達を連れて逃げろ。走れない子供を背負って走れ」
サムはニッコリと笑った。
「俺は力持ちだが足が遅い。子供達を連れては逃げ切れない。ここで此奴らをやっつける!だからみんなは子供達を連れて行け!」
サムの声にパットやシスター達が反射的に反応し、足が竦んでいる子供達を抱き上げた。
「早く行くよっ!」
未だに迷いを見せているラルクにパットが呼びかける。
「でも・・・」
「でも、じゃない!ここにいちゃサムの邪魔になる。それに、僕達は戦えないんだよ、ラルクが来てくれなきゃ逃げた先で誰が僕達を守ってくれるの?」
パットの言葉にラルクは頷いた。
「サムさん、無理しないでくださいよ!」
ラルクは座り込んでいた子供を抱え上げるとパット達と共に駆けだす。
「・・・任せろ」
サムは魔物達に向かって更に一歩踏み出した。
魔物使いの冒険者プリシラは困惑していた。
内戦勃発と共にスクローブ侯爵の戦力として半ば強制的に徴発されて前線に放り込まれ、魔物使いとしての力を利用され、損害を無視した捨て駒のような扱いで望まぬ戦いを強いられてきた。
デュランが内戦に勝利したことで解放されるかと思ったが、西方平定の戦線に送り込まれ、そこでの更なる戦いはプリシラの精神を蝕んできたのである。
そして、そんなプリシラに与えられた新たな任務はエストネイヤ騎兵連隊と連携したリュエルミラ攻略。
リュエルミラ領主のミュラーが兵を率いて領を出ている隙を突いてリュエルミラを攻めてミュラーの妻であるローライネの身柄を確保し、ミュラーを降伏に追い込む交渉材料にすること。
エストネイヤ伯爵にしてみれば自分の娘を捕らえるというこの作戦について、プリシラは勿論エストネイヤ伯爵も難色を示していたが、新たに帝国宰相となったスクローブの命に逆らうことも出来ず、ローライネの身柄はエストネイヤ伯爵が預かるという条件の下に決行された。
エストネイヤ騎兵連隊を陽動としてプリシラが少数の魔物を率いてミュラーの館を攻めて速やかにローライネを捕らえるという作戦であり、サイクロプス1体を連れてリュエルミラ領内に潜り込んだプリシラは途中でオーガとリザードマンを使役下に置き、予定通りミュラーの館に突入することができた。
しかし、突入したプリシラが目にしたのは避難しようとしていた女子供達の姿、そして子供達を守ろうとする1人の巨漢。
麦わら帽子に作業服、手には棍棒を持つその男の容貌はとてもではないが兵士には見えないが、服を着ていても分かる鍛え上げられたその肉体と、子供達を守ろうとするその気迫にサイクロプス以外の魔物達が気圧されてしまい、闘争本能を剥き出しにしている。
「みんな、落ち着いて!無理に戦わなくていいの!」
プリシラは魔物を落ち着かせようとするが、サイクロプス以外の魔物はこの作戦のためにティムした、いわば現地調達した魔物であり、プリシラの使役術よりも魔物としての本能の方が上回りつつある。
このままではちょっとした切っ掛けでプリシラの術を離れて暴走してしまうだろう。
こうなってしまったら一時後退して魔物達を落ち着かせようとしたその矢先にことは起きてしまった。
女子供達が背中を向けて逃げ出し、棍棒を持った男が前に出る。
逃げる者を追おうとする魔物としての本能と、目の前の男の気迫に魔物達がプリシラの術を振りほどいて暴走を始めてしまった。
「みんなダメーッ!」
もはやプリシラの声は恐慌状態の魔物達には届かなかい。
プリシラを肩に乗せているサイクロプス以外のオーガ2体とリザードマン5体が一斉にサムに襲い掛かった。