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強襲

「リュエルミラが挙兵しただと?何故ミュラーが、一体何があった?リュエルミラには、いや、リュエルミラに限らず敵対しない者には手出しするなと厳命した筈だぞ!」


 デュランとアンドリューによる闘争にも自らの信念に従ってどちらの陣営にも加担せず、ただひたすらに辺境領主としての役割を果たしてきたミュラーが帝国に反旗を翻した。

 想定外の事態にデュランは困惑する。


「陛下のご命令は重々承知しております。此度の件、ラドグリス大公がリュエルミラ方面に兵を差し向けて不用意に辺境伯を刺激した結果ではないかと・・・」


 自らがミュラーの罷免を命じたにも関わらず、ラドグリス大公に責任を押し付けようとするスクローブ宰相。

 デュランもそのことについて薄々感付いていながらもそれ以上追求することはできない。

 流れ始めた情勢はそれが濁流となって押し寄せようともその流れを止めることはできないのだ。


「ミュラーに兵を引かせることはできないのか?」

「それは出来ますまい。リュエルミラの方が独立を宣言し、帝国に宣戦布告をしてきたのです。彼奴が今さら兵を引くとは思えません」

「しかし、あの父上ですらミュラーを敵に回すなと言っていた程の男だぞ?」

「何を仰いますか?リュエルミラの兵力はたかだか1個連隊。多少は奴等に同調する不届き者が出るかもしれませんが、帝国の軍事力に比べれば微々たるもの。何を恐れることがありましょうか?」

「確かに、我が帝国の兵力を持ってすればリュエルミラに万が一にも負けることはないだろう。しかし、ミュラーは圧倒的不利な状況下でその万に一つを狙ってくるぞ!」


 デュランの懸念をスクローブは真に受けない。


「何も心配することはありません。

その万に一つの可能性を叩き潰せばいいだけのこと。それに、我々には損害など考慮する必要がない秘策がございます。陛下は何も心配せず、全て私にお任せください」


 恭しく頭を下げながらスクローブ宰相はほくそ笑んだ。


 ミュラーと第1大隊は北に向かって進軍していた。

 目指すはエルフォード。

 境界を越えた第1大隊は進軍を続けながら攻撃態勢を整え、エルフォード領都に一気に攻め込む作戦だったのだが、情報収集の為に放っていたフェイレスのスペクターからの報告で事態が急変した。


「エストネイヤの部隊が撤退した?」


 エルフォード領都に駐留している筈のエストネイヤ伯爵の領兵大隊が姿を消したということだ。


「我々が領の境界を越える前に領都に駐留していた部隊が小隊単位に分散して北に向かって撤退したようです」


 スペクターからの報告を受けたフェイレスが説明する。


「いったい何処に消えたんだ?」

「申し訳ありません。エルフォードには情報収集要員と報告要員のスペクターを2体しか放っていませんでした。彼等が私への報告を優先したため立ち去った部隊の追跡は出来ていません」


 自分自身と使役する死霊達の不手際として詫びるフェイレスだが、ミュラーは首を振る。


「いや、フェイ詫びるようなことではない。むしろエルフォードが手透きになったという情報を得られただけで上等だ。フェイのスペクターだって我々がエルフォードに攻め込むことを知って1体は領都に残っているのだろう?むしろフェイとスペクターの大手柄だよ」

「・・・はい」


 ミュラーの言葉にフェイレスは僅かに頷くが、その表情には憂いを含んでいる。


「しかし、分散して撤退というのが解せない。明らかに次なる軍事行動のための動きだ・・・ちょっと待て、エストネイヤの部隊は北に向かったと言ったか?」

「はい。多少の方向の違いはあれど、概ね北方に向かったと・・・」


 ミュラーの表情が一際険しくなる。


「エルフォード領都から北に向かっても深い森があるだけだ。わざわざその森に入って向かう先といえば・・・リュエルミラだっ!」


 ミュラーの言葉にフェイレスも表情を変えた。


「主様っ、スペクターとジャック・オー・ランタンをリュエルミラ北方と領都に向かわせます!」

「頼む!エストネイヤの部隊がリュエルミラに侵攻してきたならば独自の判断で攻撃を加えても構わない!私とフェイ、マデリアとバークリーの魔導小隊は急ぎリュエルミラ領都に戻る!第1大隊はアーネストの指揮で予定通りエルフォード領都を確保しろ」

「了解しました!」


 ミュラーの指示を受けたアーネストは進軍の速度を上げてエルフォード領都に向かう。


「エストネイヤ伯爵の狙いはリュエルミラだ。エルフォード領都から転進した大隊だけじゃないぞ、エストネイヤ領兵連隊本隊も来るぞっ!」


 ミュラーはフェイレス、マデリアとバークリーの魔導小隊を率いて反転してリュエルミラへと急いだ。


 ミュラーが反転したのと時を同じくして、エルフォードからリュエルミラの北方に広がる深い森からエストネイヤ騎兵連隊がリュエルミラ領都に向かって攻め込んできた。

 領内の警戒に当たっていた衛士機動大隊が直ちに防衛線を敷いたが、機動力に長けるエストネイヤ領兵連隊は防衛線を避け、リュエルミラの他の町や村には目もくれず、最短距離でリュエルミラ領都を目指す。

 

 領都を守るのは衛士機動隊と一般部隊の混成部隊が1個中隊、ウィルソンから伯爵の護送のために領都に戻っていたゲオルドの第3大隊。

 そして、編成も終えていない領兵が2個中隊程度。

 数だけならば2個大隊規模だが、数に見合うだけの能力は有しておらず、圧倒的に不利な状況だ。


 エストネイヤ領兵連隊襲来の報告を受けたローライネはドレスの上に軽胸甲を着込んで領都を守る皆の前に立つ。


「さあ、皆さん!ミュラー様が不在の間にこの領都を奪われたらミュラー様に顔向けできませんわ!ゲオルドの指揮の下、一致団結してリュエルミラを守り抜きますわよ!」


 サーベルを抜いて天に掲げたローライネは皆を前にして勇ましく叫んだ。

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