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リュエルミラの旗を掲げろ

 リュエルミラの東側に隣接するウィルソン領の領主であるウィルソン伯爵は悪人ではないが、かといって善人でもない。

 優柔不断な性格の持ち主で、本国に媚びを売るために領民に厳しい税を科してはいたが、領民の不満が爆発する程でもなく、比較的安定した領政を布いてきた。

 アンドリューとデュランによる内戦勃発時には形勢有利と目されていたアンドリューを支持し、領兵部隊を送り出していたが、アンドリュー勢力が不利になりつつあると見るや早々に領兵を撤退させて日和見を決め込んだ。

 エストネイヤ伯爵に領地を奪われたラルクを一時的に匿っていたものの、スクローブ宰相とラドグリス大公による反対勢力に対する弾圧が始まると手のひらを返してデュラン服従の意思を示したのだが、その際に匿っていたラルクを逃がすという配慮を見せもした。

 しかし、その根底は長いものに巻かれて自己保身をするという小心者だ。

 ウィルソン伯爵のそんな性格は領主として間違えているかといえば、安易にそうと決めつけるわけにはいかないが、結局のところ何時裏切るか分からない信用できない人物である。


 故にミュラーはウィルソン伯爵との交渉の機会などは設けず、帝国に打ち込む最初の楔として一気に攻め込む選択をした。

 所有する領兵連隊の規模でみればミュラーよりもウィルソン伯爵の方が多く、今作戦にミュラーが投入したのが第1、第3大隊の2個大隊であることを鑑みればリュエルミラの方が不利なのだが、伯爵にとって不運だったのは、ラドグリス大公の命令に従ってリュエルミラを攻める準備をするため、領兵の殆どを領都に集めていたことであり、境界線の警備が薄くなっていたところをアーネストの第1大隊が一気に押し寄せていとも簡単に警戒線を突破し、その勢いのまま領都まで攻め上がられたことだ。

 疾風の名に恥じない進撃を見せたアーネスト隊はウィルソン領兵隊が防衛態勢を整える前に領都に肉迫して市街戦に持ち込んだため、数で有利な筈のウィルソン領兵隊に戦いの主導権を握らせなかった。

 加えてバークリーの魔導小隊が混乱に乗じて敵の背後に回り込んで魔法攻撃を仕掛けたためにウィルソン領兵隊は大混乱に陥ったのである。

 そして、とどめとばかりにゲオルドの大隊が到着し、槍隊、剣士隊を突入させ、勝敗を決定づけた。

 未だに数の上では有利な筈のウィルソン領兵隊だったが、奇襲に次ぐ奇襲、そして更なる攻撃に兵達の心が折れたのだ。

 正に電光石火の勝利であったが、この作戦はミュラーの指揮下で敢行されたものではなかったのである。


 ウィルソン伯爵の館では突然の敵襲の報告と次々と齎される状況不利の報告に伯爵は慌てふためいていた。


「何故リュエルミラが攻めてきた?いったいどうなっているんだ?」

「分かりません。しかし、我が領兵部隊は次々と撃破されています」

「なぜだ?領都には領兵連隊が集結していたのだぞ?そう簡単に負ける筈がない!」

「それは・・・」


 動揺しながら必死に家臣を問い詰めるウィルソン伯爵だが、事態の展開が早すぎて情報収集が間に合わない。


「くそっ!役に立たない奴等だ!」


 机を叩き、苛立ちを露わにするウィルソン伯爵だが、事態は彼の想像を遥かに上回る速さで進行していた。


・・・トントン


 執務室のドアがノックされる。


「なんだっ!」


 声を荒げる伯爵。


「・・お、お客様です。リュエルミラの侵攻について、火急のご用件だと・・・」

「おお・・そうか。よし、入れ」


 新たな報告だと勘違いして入室を許可した伯爵だったが、扉が開かれると凍りついた。

 そこに居たのは青ざめた表情で立つ家臣と、その家臣にナイフを突きつけるリュエルミラ領兵の制服を着た娘に白銀のローブを身に纏ったエルフの美女。

 そして、黒い軍服姿のリュエルミラ領主ミュラー・リングルンド辺境伯だ。


「きっ、貴様はっ!ミュラー!」


 伯爵の声に反応して背後に立つ護衛の兵が抜刀するが、ミュラー達の異様な雰囲気にそれ以上動くことができない。


「突然の来訪を謝罪すべきなのだろうが、早々に決着をつけねばならないことだし、不躾にも戦を仕掛けたのは我々の方だから謝罪する必要もないだろう」


 ミュラーの言葉に伯爵も傍らに置いたサーベルに手を伸ばすが、ミュラーは意に介さない。


「きっ、貴様・・こんなところまでぬけぬけと、無事に帰れると思うな!」


 動揺しつつも精一杯の虚勢を張る伯爵。


「それは逆だ。敵将である私にここまで入り込まれたのだ。無事で済まないのは伯爵の方だぞ?とはいえ、私はこれ以上ことを荒立てるつもりはない。無駄な犠牲が増える前に降伏してもらえると手間が省けるのだが、如何だろうか?」


 ミュラーの降伏勧告に震えながらも首を振る伯爵。


「何を言っている。我が領兵の混乱など一時的なもので、直ぐに立て直すぞ。そうなれば貴様等などに負ける理由がない」


 目の前まで攻め込まれておきながら何を言っているのか理解に苦しむミュラーだが、伯爵の戯言に時間を掛けていられない。

 ミュラーが傍らに立つフェイレスに目配せするとフェイレスは伯爵の目の前に3体のスケルトンウォリアー、伯爵の背後に2体のジャック・オー・ランタンを召喚してみせた。

 スケルトンウオリアーに槍を向けられ、ジャック・オー・ランタンの大鎌を首に当てられて息を呑む伯爵にミュラーは冷ややかに伝える。


「無駄だよ。我々がここにいる、という時点でそちらの負け、これ以上抵抗するならばこの死霊の軍勢を領内に解き放つだけだ。それでも勝てるというならばやってみるといいが、その前に伯爵自身の首が飛ぶぞ?」

「こっ、こんな卑怯な手を使って恥ずかしくはないのか?」


 絞り出すように訴える伯爵だが、ミュラーの表情は変わらない。


「卑怯もなにも、これは騎士試合ではない、戦争だ。戦争にも最低限のルールやモラルがあるが、勝たなければ意味は無いし、勝つためには手段を選ぶ必要はない」

「くっ・・・」

「降伏するならば伯爵の身の安全は保障する。ただし、この戦が終わるまではその身柄を拘束させてもらう」


 例え降伏の意思を示したとしても、状況に応じて簡単に立場を変えるウィルソン伯爵を放置するわけにはいかない。

 ミュラーの言葉に伯爵は項垂れながら両手を上げた。


「私の性格を見越しての措置・・・というか配慮か。分かった、降伏する。但し、私と家族、家臣や領民達の安全を保障してもらう。武装解除した領兵達もだ。それから、私を拘束するならば、帝国貴族として最低限の待遇を求める。それが降伏の条件だ」


 伯爵の要求にミュラーは頷く。


「了解した。私の名をもって約束する」


 ウィルソン伯爵はミュラーの許しを得て家臣を伝令に出し、混乱の中で抵抗を続ける領兵部隊に戦闘停止と武装解除を命じた。


 リュエルミラ部隊が攻め込んで2刻と経たずに戦闘は終結した。


「リュエルミラの旗を掲げろ」


 ミュラーの命によりウィルソン伯爵の館に草原を意味する緑色と大空を意味する青色に翼を広げた鷹がデザインされたリュエルミラの旗が掲げられた。

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