独立と宣戦布告
ミュラーの人生はグランデリカ帝国軍人として国家と国民を守るという誇りと共に常に戦場にあり、その思いはリュエルミラ領主になった後にも何も変わりはない。
ミュラーが戦う理由は、自分が守るべきもののためであり、その信念を貫くために戦場にその身を曝してきたのだ。
数多の戦場を駆け抜け、劣勢に強い(ミュラーの周囲の者に言わせると逆境や劣勢が好物)と評価されているが、ミュラーの本心は別に戦いが好きだというわけでもなく、平和な中で軍人としてやることが無ければそれに越したことはないと考えている。
それでも、一度戦場に立てば鬼神のごとき戦いで数多くの敵を討ち取り、敵味方を問わず恐れられてきたのだ。
そんなミュラーが遂に苦渋の決断をした。
「我がリュエルミラは帝国からの独立を決めた。本日ただ今をもって領兵全部隊を戦時態勢とする」
誰よりも国家と国民に対する忠誠心が高いミュラーがグランデリカ帝国に敵対する。
その決意を改めて皆の前で宣言したミュラー。
内戦が始まった後も沈黙を守り、中立を貫いてリュエルミラを守ってきたミュラーが最後の最後まで悩み、戦いを回避しようとしてきたことを知る皆の表情も沈痛なものであるが、ミュラーが決断したのならばそれに従うのみだ。
「独立、というからにはリュエルミラが独立国家となってミュラー様が皇帝なり、国王なりを名乗るのですか?」
サミュエルの問いにミュラーは首を振る。
「国家を名乗るつもりは無い。まあ、呼び方などどうでもいいが、暫定的に独立領か独立自治領とでもしておくつもりだ」
「暫定的というからには、後々のこともお考えなのですね?」
「考えてはいるが、負けてしまえば意味のないことだし、勝った後のことは勝ってからにすればいい」
そう話すミュラーだが、ミュラーは最初から負けるような無謀な戦いを挑むようなことはしない。
サミュエルに変わってバークリーが立ち上がる。
「ミュラー様が勝つつもりであることは分かりました。しかし、現在の帝国は数万の兵力に加え、各所において多くの被害をもたらした魔物使いがおり、我がリュエルミラとの戦力差は圧倒的です。これについてはどのようにお考えですか?」
「迅速なる進軍と各個撃破を基本とし、短期間で帝都を落とす。所謂短期決戦であり、戦いに勝つためには手段を選ぶつもりはない」
ミュラーは帝国を相手に一歩も退くつもりはない。
そう理解した臣下達もそれぞれがそれぞれの立場で覚悟を決めた。
「先ずは東に隣接するウィルソン領に奇襲を仕掛け、一気に攻め落とすと同時にグランデリカ帝国に対して宣戦布告する」
「帝国を相手にするならば、いっそのこと領兵を増強しては如何ですか?帝国から独立するならば連隊に括られる必要もないでしょう?」
「バークリーの言うとおりだが、領内にも帝国の諜報員が入り込んでいる筈だ。現時点で戦力増強をすると我々の計画が気取られるから先ずは現有戦力だけで戦端を開く必要がある。戦力増強は宣戦布告の後だ。それまでは全てを極秘に進める」
ミュラーの言葉に皆が頷いた。
リュエルミラにはハロルド皇子やラルクを始めとして幾人かの貴族や要人が戦禍に追われて避難民として避難してきているが、今はまだ彼等にもミュラーの策を知らせるわけにはいかない。
それでも1人だけ、ミュラーの考えを説明する必要がある者がいる。
ミュラーはクラレンスを呼んだ。
「・・・というわけで我がリュエルミラは帝国から独立した上で帝国に対して攻撃を仕掛けることにしました」
「そうですか」
「とはいっても帝国との戦力差は歴然で、勝てる見込みは殆どありません。そういうことでハロルド皇子等の安全を考えるならば、今のうちにリュエルミラを離れてください」
ミュラーの勧告にクラレンスは暫し考え込む。
「・・・いえ、やめておきます。どう考えても今のハロルド様達にとって一番安全なのはここしかありません。それよりも、独立戦争を挑むよりもハロルド様を担ぎ上げた方が理に適っているのではありませんか?私が持参した品物と相まって大義名分を得られますよ?」
クラレンスの提案にミュラーは首を振った。
「私は宮廷闘争に加担するつもりはありません。私が帝国に刃を向ける理由はあくまでリュエルミラを守るための自衛的な積極攻撃です。よって、現体制の帝国を叩いた後のことには興味がありません。その後はどこかの誰かが新皇帝を名乗ろうが、新たな指導者を選び出すなり好きにすればいいのです」
「随分と損な選択をしましたね」
「軍人は権力を欲してはいけないのです。この考えは軍を退いてリュエルミラ領主となった今でも変わりません」
「本当に融通の利かない不器用な人だ・・・」
「それが私の美徳ですよ」
ミュラーは肩を竦めて笑った。
それから10日後、帝国に対する第一撃の準備を終えたリュエルミラは行動を開始した。
領兵隊の行動が怪しまれないため、通常の任務交代を装おってアーネスト率いる第1大隊がゲオルド率いる第3大隊が警戒任務中の境界線に向かう。
更に、第1、第3大隊が合流するタイミングを見計らってミュラーとフェイレス、マデリア、バークリーの4人に加えてフェイレス指揮下の医療支援分隊とバークリーの魔導小隊が境界線に向かう手はずだ。
準備を終えて出撃するミュラーを見送るローライネ。
「ミュラー様、勝って当然の戦ですが、ご武運をお祈りしていますわ。後顧の憂い無く存分にお働きください」
走竜の背に乗るミュラーを見上げたローライネはにっこりと微笑んだ。
「明日には境界線を越えてウィルソン領に攻め込む予定だ。先ずは先制攻撃で一気にけりをつけ、帝国に宣戦布告をしたら一度戻ってくる。本格的な戦いはそれからだ。ローラ、後のことはよろしく頼む。サミュエルにも予定通りに行動してくれと伝えておいてくれ」
ローライネに後を託すとフェイレス等を伴って出撃したミュラー。
当初の予定通り翌日には境界線を越えて隣接するウィルソン領へと攻め込んだ。
遂にリュエルミラ領主ミュラーがグランデリカ帝国に対して宣戦布告した。