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ミュラー決断の時

 グランデリカ帝国に粛清の嵐が吹き荒れた。

 帝都が陥落した時、アンドリュー支持からいち早くデュランに鞍替えした貴族は減領や最悪でも一定の財産を残しての領地没収で済み、貴族としての名は残され、一族の存続が許されたのだからまだましである。

 対して帝都陥落後も一定期間の間に恭順の意思を示さなかった者達は叛意を持つ者と断定され、その後は降伏も認められず、一族郎党が粛清の対象となった。

 侯爵から大公となり、討伐軍の司令官となったラドグリスの指揮の下、貴族領が次々と滅せられ、それに比例して避難民がリュエルミラへと流れ込んでくる結果を生んだ。


 ミュラーは執務室で次々と流れ込んでくる避難民に関する報告書に目を通した。


「避難民の数が馬鹿にならないな」


 僅かな間に千を越える避難民がリュエルミラに救いを求めてやってきており、その数は増え続けている。


「リュエルミラに通じる街道の封鎖も甘いですし、どうも、意図的に避難民をリュエルミラに追い込んでいるように見えますね。大量の避難民をリュエルミラに押し付けて疲弊させるつもりではありませんか?」


 サミュエルの考えに皆が同意する。


「このまま避難民が増え続けたとして、最悪の状況を想定すると、我がリュエルミラはどれ程の間持ちこたえられる?」


 ミュラーの問いにフェイレスが備蓄帳簿を確認する。


「ロトリアとの約束の穀物取引を継続しても十分な備蓄はあります。加えて今年の冬は雪麦を栽培しているので、領民の生活を優先した上でも受け入れた避難民を飢えさせず、冬を越すことは可能です。しかし、春に新たな作付けをしたとして、その収穫まで持つかどうかは微妙なところです」


 ミュラーは腕組みして考え込む。


「しかし、田畑に火でも放たれたら一気に破綻するな・・・。どうやらリュエルミラを飢えさせる、一種の兵糧攻めを目論んでいるのだろうから、警戒しておくべきだな」


 机の上の地図を眺めたミュラーは隣接する領との境界だけでなく、領内の穀倉地帯にも歩兵の駒を置いた。

 領兵と衛士機動大隊だけでは手が足りない。

 

「避難民の中の元兵士にも協力させる必要がありそうだな・・・」


 『働かざる者食うべからず』というリュエルミラの基本理念に基づいて避難民を労働力として組み込むことを検討するミュラー。


 しかし、事態はミュラーの予想を遥かに上回る速さで襲い掛かってきた。

 1月と経たず、ミュラーの元に帝国政府から通告書が届けられた。


「ミュラー様に叛意ありとしてリュエルミラを明け渡せ?とんだ言いがかりですわ!」


 皆を集めた会議の席で通告書の内容を皆に伝えたミュラーだが、その内容に憤慨したのはローライネだ。

 怒りの気持ちは皆も同じだが、それを隠しもせずに声を上げるのは感情に素直なローライネらしい。


「兵糧攻めだけでなく、避難民を受け入れることが兵力増強の疑いありということか。結局は私の存在が煙たいというわけだ。放っておいてくれれば私からは噛みついたりしないんだがな・・・」

「まさか、ミュラー様!本国の通告に従おうなんて気持ちはありませんわよね?」

「領民の安全と生活が保障されるならば、それも選択肢の1つだな・・・」


 呟きながら天井を眺めるミュラー。

 自らの立場が危ぶまれているのにまるで他人事のようなミュラーに皆が呆れている。


「もしもミュラー様がリュエルミラ領主を辞めるならば、今度こそ私も行政所長を辞任しますよ」


 サミュエルの言葉にバークリーも頷く。

 事実、バークリーやマデリアを始めとして、ミュラー個人に雇われた臣下や使用人も多く、ミュラーがリュエルミラ領主でなくなると職を失う者も多いのだ。


「ミュラー様、行政所長やバークリー達だけではありませんわ。リュエルミラの人々がミュラー様の力を必要としています。それに、国内ではより多くの国民が危機に瀕していますのよ!ご自身の責務を軽々しく放棄しないでくださいまし!」


 ローライネの説得にミュラーも頷く。


「分かっている。あくまで選択肢の1つというだけだ。・・・少し、考える時間が欲しい。皆、一旦解散してくれ」


 静な環境で考えを整理したくなったミュラーは会議を切り上げた。


 ローライネを伴って館の庭園を散策するミュラー。

 もう冬だというのに庭園にはサムが育てている様々な花が咲き乱れている。


「ミュラー様、相変わらず綺麗なお庭ですね。私、この館のお庭が大好きですのよ。ミュラー様が庭園を解放しているから子供達が遊びにくる、笑顔一杯の素敵なお庭ですわ」

「ああ・・・」


 ローライネの声にも上の空のミュラーだが、その頭の中では領民の安らかな暮らしを守ること、そして領民だけでなく、助けを必要としている多く国民のことを考えていた。

 帝国の皇帝が誰であろうと関係ない、ミュラーの忠誠は皇帝でなく、国家と国民へと向けられているのだ。


「ミュラー様、私はミュラー様がどんな選択をしようともミュラー様のお側を離れません。ミュラー様が悪鬼に魂を売り渡し、悪逆非道の限りを働こうとも、私はミュラー様のことを信じてついていきます。ですから、何も心配なさらずに思いのままに進んでください」


 ミュラーはローライネの瞳をじっと見た後に笑みを浮かべた。


「ローラ、お前分かっていて言っているな?」

「はい、私は分かっていますわ。ですから、何も心配していませんの」


 そう言って笑ったローライネはミュラーの頬に軽く口づけをした。


 その夜、ローライネを先に休ませたミュラーは執務室にいた。

 目の前にはフェイレスが立っている。


「主様、何をお考えですか?」


 いつになく優しい雰囲気のフェイレスの言葉にミュラーは小さく頷く。


「ああ、ある程度考えがまとまったのだが、厳しい選択だ・・・と思ってな。逆境に強いと呼ばれた私だが、流石に無茶な選択だ」


 机の上の地図を眺めながら呟く。

 リュエルミラの中心、領都にミュラーの持つ駒の全てが集められている。


「厳しい選択、無理や無茶なお考えでも私にご相談ください。必ずやお役に立ってみせます」

「・・・かなり無茶なことだぞ?」

「何なりと・・・。例えば、世界の全てを敵に回すことであろうとも。主様の進む先に幾万の屍を積み上げようとも、私は何所までもお供します」


 フェイレスの言葉を聞いたミュラーは思わず吹き出した。


「フェイ、ローライネも同じようなことを言っていたぞ」

「そうでしょうね。ローライネ様は何があろうとも主様の人生の支えとなるでしょう。しかし、戦場に赴く主様をお支えするのは私の役目です」

「・・・そうか。心強い限りだ」


 この夜、グランデリカ帝国において軍人として仕え、軍を追われて辺境のリュエルミラ領主となった後も一貫して国家と国民のために力を尽くしてきたミュラーが1つの決断をした。

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