西の集落防衛戦2
「いい感じですね」
「ああ、ギリギリだがな・・・」
戦況を見守るクランの言葉にミュラーも頷く。
リュエルミラ領兵達が攻勢を止めて再び防御陣形に戻り、オーク達の攻撃を受け流しながらじりじりと後退していた。
最初の魔法と弓矢の攻撃で5体、その後の攻勢で10体以上のオークを倒しており、防御に転じてからも攻撃を捌きながら数体のオークを倒している。
それに比べてリュエルミラ側は2人の軽傷者が出たが「傷ついたら即座に後退して治療を受けること」とのミュラーの厳命を守り、後方に待機していた神官の治療を受けて戦線に復帰している。
今のところ、リュエルミラに損害は皆無だ。
「ギリギリ?確かに未だに敵の数の方が上だが、多数の敵を討ち取っている。こちら側に損害らしい損害は無いし、圧倒しているとまでは言わないが、有利に展開しているんじゃないか?勝っている今、直ぐにでも俺達冒険者を投入した方がいいと思うぜ」
待機しているだけで痺れを切らした冒険者達を代表して参戦を伺いに来た冒険者の剣士が首を傾げた。
ミュラーは首を振って答える。
「いや、ギリギリというのも勝っているという意味ではなく、ギリギリ負けていないという意味だ。どちらかと言えば我々は負けている」
「どういうことだ?」
ミュラーは前線を指差した。
「我々が初めに布陣していた場所を中心にして、最初の虚を突いた後退と、その後の攻勢で前線を20メートル程押し出した。しかし、現在は敵の攻勢を受け流しながら後退を続けていて、前線は30メートル程押し戻されている。直ぐに崩壊することはないが、我々は未だに不利な状態だよ」
戦況が不利だと言いながらもその表情にはまだ余裕が感じられる。
現に開戦以来、ミュラーは戦況を見守っているだけで、具体的な指示は出していない。
前線で指揮を執るオーウェンに任せたままだ。
ミュラーの下で基幹中隊の中隊長として戦ってきたオーウェンはミュラーの考えていることを正しく理解し、いちいち指示を仰がずとも部隊を動かしている。
現に押されているとはいえ、2列横隊の部隊を効果的に運用し、敵の勢いが強まれば前列は守備に徹し、後列は守備の隙間からの牽制を行う。
逆に敵の攻勢が弱まれば、前列が攻撃を去なしながら反撃し、後列は討ちもらした敵にとどめを刺す。
そして、隙を見ては前列と後列を入れ替えて部隊の消耗を抑えている。
効果的な運用で前線部隊は後退しつつも確実にオークの数を討ち減らしていった。
「まだ敵も士気旺盛だし、行動にも秩序がある。もう少し様子見だな」
戦況を見極めるミュラーだが、急ごしらえの混成部隊故に生じた綻びにより、一気に戦線が崩壊することになる。
「なにっ、誰だ、そんな勝手なことを。仕方のない奴等だ」
冒険者代表の剣士の下に駆けてきた仲間の報告に剣士は呆れた声をあげた。
聞けば、現在の戦況を有利と勘違いした冒険者の一部、4人組のパーティーが自分達の手で勝利を決定つけるべく、敵の背後に回り込んでオークキングを討ち取ろうと待機場所を抜け出したというのだ。
「馬鹿なっ!直ぐに呼び戻せっ!」
剣士の話を聞いたミュラーは声を荒げた。
「いや、大丈夫だ。オークキングを倒しに行ったパーティーは中位冒険者だが、実力はある。オークキングとはいえ、遅れを取ることはないだろう」
剣士は首を傾げるが、ミュラーの考えは別にある。
「そういう問題ではない!まだ・・・あっ、あれかっ!」
時は既に遅かった。
戦場を迂回した冒険者パーティーがオークキングの背後から襲い掛かる。
剣を構えて駆ける剣士と戦斧を手に後に続く戦士、魔法と祈りで援護する魔術師と神官。
英雄譚に出てくるような典型的でバランスの良いパーティーは互いの連携も抜群であり、完全にオークキングの不意を突いた。
「今オークキングを倒してはマズい。敵の秩序が崩壊するぞ!」
ミュラーの声が届く筈もなく、功を焦った冒険者によってオークキングはあっさりと討ち取られた。
ピギィィィッ!!
戦場に響き渡るオークキングの断末魔の声と、その声に動きを止めるオーク達。
勝利を勘違いした剣士がその剣を高く掲げた。
それを見たオーウェンの表情も凍り付く。
「何てことを・・・全員撤退しろっ!敵の追撃に留意しながら集落の入り口まで後退!」
オーウェンの声にリュエルミラ領兵は即座に反応し、衛士隊も反射的に後退を始めた。
次の瞬間、未だに数十体を残していたオーク達が恐慌状態に陥った。
統率者を失って逃げ出す者、オークキングの仇を打つべく冒険者に殺到する者、後退する前線部隊を追う者は狂乱状態のまま突っ込んでくる。
無秩序な攻撃に前線部隊も打撃を受け、衛士数名が犠牲になった。
それでもオーウェンの指揮で辛うじて秩序を保ちながら後退を続ける。
オークキングを討ち取った冒険者は殺到したオーク達の群れに飲まれ、既に姿は見えない。
「知能の低い奴等は強者であるオークキングの恐怖に支配され、その強さに依存して辛うじて秩序を保っていたんだ。少数の群れならば指揮者を倒して秩序が崩壊しても問題ないが、あれ程の群れが混乱状態に陥ると危険だ。特に力の強いオークが無秩序に攻撃を仕掛けてくると戦線そのものが崩壊してしまう」
ミュラーは剣を抜いて前線に向かって駆け出した。
「最悪の状態になりつつあるがまだ立て直せる。集落入口に防御線を布き直すぞ!」
ミュラーの後に続くクランとマデリア。
「クソッ!これじゃあ俺達冒険者が足手まといどころか邪魔者みたいじゃねえかっ!」
冒険者の剣士もミュラーとは反対の方向に走り出す。
向かう先は冒険者達が待機している場所だ。
冒険者のプライドにかけてこれ以上勝手な行動をして足を引っ張るわけにはいかない。