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ラルク・エルフォード

 エルフォード領がエストネイヤ伯爵に占領された後に行方知れずだったラルク発見の報告は朝食時であり、たまたま皆が食堂に揃っていた時にもたらされた。

 朝食の席にはリュエルミラの幹部だけでなく、ミュラーに保護されたシャミル、ミルシャの双子(ハロルドは乳児なのでまだ眠っている)とその後見人となるクラレンスとソフィアも同席している。 


「・・・ラルクはエルフォードを脱出して他の貴族領に身を寄せていたらしいな。しかし、その貴族がデュランの報復を恐れてデュランに鞍替えしたために居場所を失ってリュエルミラに保護を求めてきたというわけか」


 報告書をラルクの姉ソフィアに手渡しながらもミュラーは渋い顔でラルクの無事の知らせにもあまり好意的ではない。

 それはソフィアも同じであり、ラルクの無事の知らせに安堵しながらもその表情は厳しい。


「そういうわけでエルフォード領主が見つかりましたが、如何しますか?ラルクと共に当初の計画を立て直しますか?」


 対面に座って食後のお茶を飲んでいたクラレンスに尋ねる。


「今さらですよ。元々エルフォードの少ない兵力に頼るつもりはありませんでした。むしろ、帝都からも離れ、西にリュエルミラが隣接しているエルフォードの立地を利用して内政戦略での巻き返しを謀るつもりでしたが、肝心の所領まで失ってはどうすることもできませんね」


 クラレンスも既にエルフォードには興味を失っているようだ。

 そもそも、今回の事態はラルクの勇み足が原因であり、その結果3人の皇子は行き場を失ってリュエルミラに保護される羽目になり、少ない領兵を動かしてしまったことによりあっさりとエルフォードを奪われてしまったのである。

 しかも、領主ラルクとその姉のソフィアが領都を離れてしまったことが致命的だ。

 結果として領主達が領民を見捨てて逃げ出したも同然なのである。


「ラルクに付き従うのは領兵2個小隊か。意外に残存しているが、まあ、エストネイヤの騎兵隊にあしらわれて逃げ回った結果というわけか」


 そのラルク達はリュエルミラ領兵に武装解除を命じられ、リュエルミラ領外に武器を放棄した上で保護されてミュラーの下に向かっているということで、昼過ぎには到着する予定だ。


 朝食後、ミュラーはソフィアを執務室に招いた。

 ラルクの到着前にリュエルミラの方針を伝えておくためだ。


「・・・ミュラー様の仰るとおりです。私もミュラー様の判断に従います」


 ミュラーの説明を聞いたソフィアは何も反論もせずにミュラーの判断を受け入れたのである。


 その日の午後、ラルクがミュラーの館に到着した。

 そのままミュラーの執務室に案内されたラルク。

 執務室ではミュラーとフェイレス、そしとソフィアがラルクを待っていた。


「無事でよかったな、ラルク」

「ラルク、心配していましたよ、無事で何よりでした」


 ミュラーとソフィアに掛けられた優しい言葉にラルクは安堵する。


「ミュラーさん、姉さん、ご心配お掛けしました。姉さんがいるということは、クラレンス宰相やハロルド殿下達もここにいるのですね?皆さん無事なのですね?」


 ラルクの問いにミュラーは頷く。


「色々と大変だったろうが、このリュエルミラは安全だ。ゆっくりと身体を休めるといいさ」


 ミュラーの労いにラルクは深々と頭を下げるが、その瞳は何かの決意に満ちていた。


「ミュラーさんにお願いがあります」

「?・・・何だ?私に出来ることなら聞いてやらないこともないが?」


 ラルクはミュラーを真正面から見る。


「エルフォードが敵の手に落ちました。多くの領民が苦しんでいます。僕は領主として皆を救うためにエルフォードを取り返さなければいけません。お願いです、エルフォードの民を救うために僕に力を貸して下さい」


 覚悟を決めた表情のラルクだが、そんなラルクの様子にソフィアは目を伏せ、ミュラーも厳しい表情を見せる。


「お願いです。僕の力だけではとても足りません。でも、ミュラーさんの力があれば・・・」

「何故だ?」

「えっ?」

「何故私が力を貸さねばいけないのだ?」

「それは・・・今の僕の力だけでは・・・」

「そもそも、エルフォード領主とは誰のことだ?今、私の前に立つのはエルフォード領主ではなく、所領を失った元領主でしかない。そんなラルクに何の力がある?領兵も武装解除して何の兵力も無い筈だが?今のラルクには力が足りないのではなく、何の力も無い。そんなラルクに何故私ばかりがリスクを負うような助力をしなければならない?」

「でも、エルフォードの民のために・・・」

「エルフォードの民のために、私の領兵が危険に曝さねばならないのか?虫が良すぎる話じゃないか?それに何より、守るべき民を見捨てて逃げ回っていたのは誰だ?」

「うっ・・・違います!」

「何も違わない。少なくともエルフォードの民はそう思っているぞ?」

「・・・でも、あれは」

「クラレンス宰相との間にどのような約束があったのかは知らないが、少なくとも3人の皇子をエルフォード領都に迎え入れることになっていた筈だ。それなのに、徒に兵を出し、エストネイヤ伯爵の騎兵隊に翻弄されて計画を台無しにし、中立を保っていたリュエルミラにとんでもない迷惑を掛ける羽目になった。あげくの果てにエルフォード領都を取られ、行き場を失って逃げ回っていたのは誰だ?」

「そんな・・・」


 思いがけない辛辣な言葉に返す言葉を失ったラルクはミュラーの傍らに立つソフィアに救いの目を向けた。

 ソフィアはゆっくりとラルクに歩み寄り、ラルクの手を取る。


「ラルク、全てミュラー様の仰るとおりです。私達は守るべき民を見捨てて逃げ出したのです。最早貴方にエルフォード領主を名乗る資格はありません。私達は全てを失ってリュエルミラに保護された避難民でしかないのです。ここで生かして貰えているだけでなく、客人として優遇してもらえているだけでも贅沢な立場です。これ以上は何も望んではいけません」


 現実を突きつけられ、ソフィアにまで突き放されたラルクは膝から崩れ落ち、咽び泣き始める。


「さっラルク、今はゆっくりと休みなさい」


 ソフィアに促されて退室していくラルクを見送ったミュラーは大きくため息をついた。


「厳し過ぎたかな?」


 フェイレスに問いかけるミュラーだが、フェイレスは首を振る。


「事実は事実です。仕方のないことで、誰かが突き付けなければいけないことでした。後はソフィア様にお任せするしかありません。それに、ローライネ様もラルク様のケアを引き受けてくれています。2人に任せておけば問題ありません」


 敢えて嫌われ役を引き受けたミュラー。

 そのミュラーを労うようにフェイレスはミュラーのためにお茶を煎れて差し出した。

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