帝都にて2
帝都の中心にあるエル・デリカ城の皇帝の執務室にグランデリカ帝国の新たな皇帝を名乗るデュラン・グランデリカがいた。
兄であるアンドリューとの内戦に打ち勝ち、帝都と皇帝の居城を手に入れたデュランの目の前には新たなる帝国宰相のスクローブ侯爵が立つ。
「帝都の復興はどうなっている?民達の生活は?」
デュランの軍勢が帝都に攻め込んだ時、帝都は甚大な被害を受けて多くの市民が犠牲になり、生き残った市民の生活も一気に崩れ去った。
「陛下にはもっと大局的に、帝国全体のことを見ていただかなければなりません。此度の争いで陛下に刃を向け、未だに恭順の意思を示さない不届き者の処理が最優先です。それに、今はまだ政情も不安定な時期です。棘に復興を急いで民に力を与えるのは得策ではありません。時代が代わろうというこの時です、今しばらくは不自由を受け入れるのも臣民としては当然のことです」
スクローブ宰相の言葉を憮然としながら聞くデュラン。
「ならば、国内はどうだ?」
「アンドリュー様に従っていた貴族の大半は降伏しました。領地は私とラドグリス侯爵の預かりとし、領主は拘束して沙汰を待たせている状況です。軍の部隊についても一部の部隊は逃走しましたが、殆どの部隊は降伏しております。軍については後々指揮官を処罰する必要があるでしょう。西方には未だに従わない貴族領があり、ラドグリス侯爵が平定の任に就いています」
「兄上はどうている?」
「本来ならば陛下に仇なした罪深きお方です。それに、エドマンド陛下を暗殺した容疑者でもありますので、死を賜って然るべきですが、寛大なる陛下のご命令どおり、丁重に軟禁しております」
白々しく語るスクローブ宰相。
(そうやって兄上に罪を擦り付けるつもりか・・・)
デュランはスクローブ宰相を軽蔑の目で見るが、宰相はまるで意に介していない。
最早デュランが後戻り出来ないことを知っているのだ。
「ところで陛下。陛下に歯向かい、未だに反抗的な貴族や軍の部隊は粛清して然るべきですが、リュエルミラは?リングルンド辺境伯は如何しますか?」
「ミュラー、リングルンド辺境伯は此度の内戦には参加していない。罰する理由は何もない」
「いやいや、陛下に従わなかったというだけでも大罪です。それに、逃げ出したクラレンスやハロルド様達を匿っているとなれば・・・」
「ならぬ!リングルンド辺境伯には問うべき罪はない。彼奴が手出ししない限りは此方も手をだしてはならぬ」
デュランの命にスクローブ宰相は恭しく頭を下げた。
「承知しました。辺境伯が大人しくしている限りはご命令のとおりに。そう、奴が牙を剥かない限りは・・・」
そう言ってスクローブ宰相は退室し、執務室に残されたデュランは1人舌打ちする。
「チッ!スクローブめ、私を傀儡にするつもりだろうがそうはいかんぞ」
デュランは机の上の水差しを床に叩きつけた。
その頃、ミュラーのもとに帝国政府からの通達文が届けられていた。
「何時から帝国は自治権を持つ貴族領に増税を命じられるようになったんだ?」
呆れ顔で文書を読むミュラー。
「帝国法にはそのような規程はありません。自治権を持つ領はその税収に応じ、その一部、正確には2割以上を本国に納める義務がありますが、帝国のにも最低2割と明文化されておりますので、それ以上を強いることはできません」
フェイレスの説明にミュラーは首を傾げつつ頷く。
「そうだよな・・・」
「更に、我がリュエルミラは税収の3割に加えて穀物等の取引で得た収入の一部を本国に納めていますので、十分過ぎる額を本国に納めています」
「そう、だよな・・・」
渋い表情のミュラーの手にある通達文には『内戦でデュラン皇帝に協力しなかったリュエルミラだが、その件についての処罰は保留する。その代わりに税収の4割を本国に納めよ』と書かれている。
それも、帝国の公印である国璽こそ押されていないが、正式な公文書
でデュランの署名まである。
「帝国政府が平然と法を破るか・・・。しかも、私に処罰されるいわれは無いが、そのいわれ無き処罰を保留するとは、結局のところ、いずれ私をどうにかしたいようだな」
通達本文と皇帝署名の間に不自然な程の幅がある通達文を机の上に放り投げながらミュラーはため息をついた。
「税収の4割ならば今のところ問題はありません。本国に納めることも可能性ですが?」
フェイレスの言葉どおり、今のリュエルミラならば然したる問題ではない。
「しかし、このまま従うのも釈然としないな・・・。税収の4割か・・・ならば!」
ふと何かを思い立って嫌らしい笑みを浮かべるミュラー。
その表情を見たフェイレスは全てを悟る。
「分かりました。行政所長サミュエルに減税を命じます。当面の間は全領民の税率を収入の2割7分とします。但し、当面の間、長くて半年までです。その後は元に戻します」
税収の4割を納めろというならば、税収そのものを下げてしまうというミュラーの思いつき。
リュエルミラとしての税収も下がるが、本国に納める額も下がる。
その上でミュラーに対する領民からの支持は上がるというミュラーの悪戯レベルの嫌がらせだった。