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緊張

「主様、続報です。合流した逃走集団とエルフォード領兵が分かれました。馬車を護衛していた集団は一旦はエルフォード領都に入りましたが、直ぐに領都を出て西に向かっています」

「西・・・?こちらに向かっているのか?」

「はい、エルフォード領都からリュエルミラへの最短距離を一直線に向かっています。リュエルミラを目指していることは間違いありません」


 ミュラーの思考が平静を取り戻す。

 リュエルミラへの脅威が伸びる可能性が高まった中、逆境になるほど冷静になるミュラーの性格が現れる。

 エルフォード領都に入った馬車が直ぐに領都を出てリュエルミラに向かっているのならば、その目的はリュエルミラに逃げ込もうとしていることは明白だ。

 つまり、エルフォードでは安全を確保できないと判断して避難先をリュエルミラに変更したのだろう。

 ミュラーとリュエルミラにとっては迷惑極まりないことだが、このまま放置するわけにはいかない。

 エルフォード領都から一直線にリュエルミラに向かっているのならば警戒すべき地点を特定することは容易だ。 


「ここから半刻程北に移動した地点に展開する」


 ミュラーは直ちに部隊を率いて接触予想地点に向けて転進した。


 リュエルミラとエルフォードの境界の大半が草原地帯とはいえ、その境界が曖昧なわけではない。

 グランデリカ帝国では所領を持つ貴族間のトラブル防止のために領の境界に一定間隔で杭が打ち込んであり、その杭の間を結んだ線が境界となる。

 この杭に異常が無いのかを見回るのも領兵や衛士隊の重要な任務だ。


 ミュラーはその境界線に防御陣を布いた。

 ゲオルドの騎馬隊を前面に配置し、その背後に槍を装備した領兵が控え、後方に大盾と短槍を持つ衛士隊が左右に展開する。

 少数の騎馬隊に柔軟に対応する布陣だ。

 

 リュエルミラ部隊が展開して半刻と経たずに遠方から接近する集団を視界に捉えた。


「騎馬と馬車を含めた少数の部隊ですか。追撃を振り切ったようですな」


 ゲオルドの言葉にミュラーは頷く。


「とはいえ、彼等をこのまま受け入れるわけにはいかない。各隊戦闘態勢!」

 

 ミュラーの号令で兵達が一斉に抜刀し、槍を構え、戦闘態勢を取った。

 

 ミュラーはフェイレスとマデリアを従えて走竜を境界ギリギリまで進めてその手を挙げ、近付いてくる集団に停止するように合図を出す。


「止まれっ!ここから先はリュエルミラ領だ!」


 向かってきた集団はミュラーの指示に従って停止したが馬車を護る騎馬隊全員が槍や剣を構えている。

 騎馬隊の指揮官と思しき男がミュラーの前に歩み出た。


「私は近衛騎士団第14中隊長のディズリー・レイクだ!帝都の危機に瀕して脱出したハロルド様、ミルシャ様、シャミル様の3人をお連れした。リュエルミラのミュラー辺境伯にお三方の保護を要請する」


 それが当然かのように語るディズリーだが、ミュラーは首を縦に振らない。


「この度の帝国の宮廷闘争に対してリュエルミラはどちらの陣営にも属さないし、加担しない。貴官等は追撃を受けているようだが、それは即ち戦闘中であると判断する。我々は武装して戦闘中の貴官等をリュエルミラに入れるわけにはいかない」

「なんだと!3人の皇子様を前に不敬が過ぎるぞ!」


 ミュラーの言葉にディズリーが激昂し、近衛騎士団員にも緊張が走る。


「何と言われようと、相手が誰であろうと、私は自治権を有するリュエルミラ領主として一歩も退くつもりはない」


 鋭い目でディズリーを見据えながら静かに剣を抜くミュラー。

 ミュラーが本気であることを感じたディズリーは気圧されるが、彼もまた退くわけにはいかない。

 幼い皇子達を護るという責務があり、彼等の遥か後方からは彼等を追撃してきたエストネイヤ伯爵の騎兵隊が近付いているのだ。


「殿下達の御身の安全のためだ、押し通らせてもらう!全員突撃用・意・」 

「お待ち下さい!」


 ディズリーの声を遮って馬車から降りてきたのはラルクの姉のソフィアと帝国宰相のクラレンスだ。

 クラレンスが騎馬隊を抑えている間にソフィアがミュラーに歩み寄る。


「ミュラー様、突然のことをお詫び申し上げます。此度の内戦ではリュエルミラが中立の立場を示していることはラルクから聞いておりますが、それを承知の上でお願いします。ハロルド様、ミルシャ様、シャミル様はアンドリュー様の庇護の下にありましたが、お三方に帝位継承の意志は無く、宮廷内の権力闘争とは無関係です。幼いハロルド様達をリュエルミラで保護していただけないでしょうか?本来であれば我がエルフォード領でお迎えする予定でしたが、ラルクの失策によりこのような結果を招いてしまいました。無茶なお願いではありますが、何卒お願いします」


 剣を納めながらソフィアの願いを聞いたミュラーはソフィアの背後に立つクラレンス達を見た。


「重ねて通告するが、リュエルミラは宮廷闘争に介入するつもりは無い。よってお三方が権力闘争とは直接の関係が無いとはいえ、戦闘状態にある貴君等を領内に入れるわけにはいかない。もしも身の安全を欲してリュエルミラの保護を求めるならば全員に武装解除してもらう必要がある。但し、貴官等にも護衛としての責任もあるだろう。よって皇子1人につき2名、計6名は剣のみを携帯することを黙認する。その他の者は全員剣も槍もエルフォード領内に放棄し、我々の指示に従うならばリュエルミラに入ることを認めよう」


 無礼なまでのミュラーの通告にディズリー等近衛騎士団員は殺気立つが、クラレンスがそれを制する。


「私達には時間も選択肢もありません。このままではリュエルミラを目前にして私達は追っ手に追いつかれます。ミュラー殿の目の前で我々が皆殺しになろうとも、それがエルフォード領内である限りリュエルミラ兵は戦闘に介入することは無く、我々を救ってはくれないでしょう。ミュラー辺境伯の指示に従い全員武装解除しなさい。殿下達をお救いする方法は他にありません」


 結果、近衛騎士団はクラレンスの指示に従って全員が武装解除し、剣も槍もエルフォード領内に放棄した上でリュエルミラ領内へと逃げ込んだ。


 ハロルド達が乗る馬車と武装解除した近衛騎士団を防御陣の後方に退避させたミュラーは直ちに部隊の陣形を変更した。

 衛士機動大隊2個中隊を前面に出し、2列横隊で大盾を並べ、短槍を構える。

 衛士隊の背後に領兵隊が並び、更にその後方に騎馬隊を配置した。

 数の上では圧倒的に不利な状況であるが、騎馬隊の突撃を迎え撃つ構えだ。


 程なくして草原のエルフォード領都方面からワイバーンに稲妻の旗を靡かせた数百に及ぶ騎馬集団が現れた。

 

「金縁の連隊旗、エストネイヤ連隊の本隊か・・・。率いているのはエストネイヤ伯爵本人だな。厄介なことだ・・・」


 近づいてくる集団を見て苦笑するミュラー。

 確かに先頭で騎馬隊を率いているのはエストネイヤ伯爵だ。

 エストネイヤ伯爵はミュラーの姿を認めると境界の手前で部隊を停止させた。


「リングルンド辺境伯に通告する。我々はそこの馬車に乗る方々に用件がある。こちらにお引き渡しいただくか、我々が領内に入ることを認めてもらいたい」


 エストネイヤ伯爵の要求にミュラーは首を振る。


「どちらの要求も受け入れられない。我が領内での戦闘行動は断じて認めない。どうしても我が領内に入りたいというのならば、彼等のように武装解除してもらう。その条件を呑むならば領内に入ることを認めた上で双方の話し合いの場を設けよう」


 先に武装解除し、エルフォード領内に放棄された近衛騎士団の武器を指示しながら申し向ける。


「私も手荒なことはしたくないし、リングルンド伯とことを構えるつもりはない。ここは見過ごしてもらえないだろうか?」


 極めて穏やかに話すエストネイヤ伯爵だが、その背後に控える騎兵隊は今にも攻撃に転じそうな構えだ。


「ミュラーで結構ですよ。リングルンド伯なんて呼ばれると調子が狂います。・・・私も伯爵と戦いたくはありませんが、リュエルミラの安全を脅かすとなればそうも言っていられません」

「ミュラー殿は我々に比べて圧倒的に少ない戦力で我々に勝てるとお思いか?」


 エストネイヤ伯爵の言葉にミュラーは肩を竦める。


「試してみますか?」


 ミュラーが右手を挙げると背後に並ぶ衛士達が大盾を構えたまま一斉に腰を落とし、短槍の切っ先をエストネイヤ伯爵達に向けた。

 リュエルミラ兵の動きに即座に反応したエストネイヤ騎兵隊もくつわを並べて突撃態勢を取る。

 一触即発の状況に双方に緊張が走った。


 暫しの沈黙の後、先に動いたのはエストネイヤ伯爵だ。


「どうあっても退いてはくれないか・・・。仕方ない。総員、武器を納めろ!我々はこの場から撤退する」


 伯爵の命令に従いエストネイヤ騎兵隊が武器を納めながら境界線から距離を取る。

 そしてエストネイヤ伯爵自身もミュラーを一瞥すると無言で踵を返して離れてゆく。


「エストネイヤ様、よろしいのですか?あの程度の数、一息で押し潰せます。今からでも攻撃を仕掛けては?」

 

 連隊副官がエストネイヤ伯爵に歩み寄って耳打ちするが、副官の言葉に伯爵は首を振る。


「我々は勝てる。しかし、勝てたとしても手痛い損害を受けるだろうし、少なくとも私は討ち取られるだろう」

「まさか・・・」

「確かに我々は数で勝っている。その我々の騎馬突撃を前に彼等は押し潰されるだろう。それを承知の上で彼等は我々に槍を向けた。彼等にはそれだけの覚悟があるということだ。流石はミュラー辺境伯だよ。手持ちの駒を精強に育てている。そんな彼等と真っ向から戦うのは御免こうむる。私はこんな所で死にたくはないのでね、尻尾を巻いて逃げることにする」


 兵に撤退を命じたエストネイヤ伯爵は少しだけ嬉しそうに笑った。

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