帝都にて
帝都にある宮廷の皇帝執務室。
そこに皇帝即位を宣言したアンドリューと帝国宰相のクラレンスがいた。
「まさか、血を分けた兄弟で戦うことになるとはな・・・。父上も狭間の門の先で嘆いていることだろうな」
「その門の先にエドマンド様を送り込んだのがデュラン様となれば尚更ですね」
アンドリューはクラレンスを睨む。
「他に聞く者がいないとはいえ、迂闊な発言は控えろ。父上は確かに何者かに暗殺された。しかし、それを成したのがデュランだとは決まっていない」
「なら、アンドリュー様がエドマンド様を手に掛けたのですか?」
「馬鹿を言うな。私が父上を亡き者にしたところで何の得もない。将来的には私が皇帝の座に着くだろうとは思っていたが、まだ早すぎる。今暫くの間、少なくともあと10年か、それ以上の間は気楽な皇太子を満喫するつもりだったのだ。それがこんな騒ぎになって、仕方なく皇帝を名乗ったが、これほど面倒なことがあるか!」
「ならば暗殺犯はデュラン様達の他にいませんね。そう思うからこそ、アンドリュー様も皇帝即位を宣言したのでしょう?」
「・・・・」
クラレンスに図星を突かれてアンドリューは言葉を失う。
確かに、何者かにエドマンド皇帝が暗殺されたのは事実だ。
エドマンド暗殺事件が起きた時、その数日前からデュラン、アレク、エリーナの3人は偶然にもスクローブ侯爵に招待されて帝都を出ていた。
そんな時にエドマンドの寝室のベッドの横に置かれた水差しのコップに塗られた猛毒によりエドマンドは命を落としたのだ。
事態を目の当たりにしたアンドリューは直ちに水差しを用意した皇帝付きの女官の身柄を拘束し、宮廷内の牢獄に投獄し、信頼のおける部下に厳重なる監視を命じた。
しかし、これは女官が口封じのために殺されることを防ぐことが目的であり、言わばその女官を守るための緊急的な措置だ。
その後、宮廷衛士隊による徹底した捜査が極秘裏のうちに進められたが、今のところ暗殺の真犯人の特定には至っていない。
捜査が進むうちに暗殺の真犯人がデュラン達である状況証拠ばかりが集まり、アンドリュー自身も信じたくはないが、自分の姉や弟達が実の父親であるエドマンドを暗殺した犯人だと思い始めていたのだ。
しかし、確たる証拠が無い以上はアンドリューも迂闊に判断することが出来ずにいたのだが、その矢先にデュランが勝手に持ち出した聖剣を手に皇帝即位を宣言し、それに対抗してアンドリューもやむなく皇帝即位を宣言したのである。
「如何にデュラン様やエリーナ様の婚約者がスクローブ侯爵やラドグリス侯爵家に近しい家の子女で、侯爵等に招待されていたとはいえ、このタイミングでデュラン様達が帝都を離れていることは不自然極まりありません。むしろ、皇帝暗殺の疑いの目が自分達に向けられるのを承知の上でのことでしょう」
「そうなると、デュラン達は父上の暗殺だけではなく、この騒乱すらも見据えて周到に準備をしていたということか」
アンドリューの表情が更に険しくなる。
一見するとデュランはスクローブ侯爵等に踊らされて皇帝の座に担ぎ上げられたようにも見えるが、高慢で我が儘な性格のエリーナとは違い、デュランはそこまで馬鹿ではない。
むしろ、政治的にも、軍事的にも敵に回すと厄介な存在だ。
アンドリューとクラレンスの言うことが事実ならばデュランは暗殺犯として疑われ、騒乱に際しては数の上で不利になることを前提として計画を進め、実行に移したということだろう。
「そもそも、皇帝の座が欲しいならばそれを私に言えばよかったのだ。そういった深い話が出来ない間柄でもない。父上を暗殺などしなくても、時を待ち、その時の帝国が今よりも安定していたならば継承権を譲ってやっても構わなかったし、場合によっては先ず私が皇帝となり、帝国をより盤石にした後で退位してデュランに任せてもいい。だが、それは今の帝国では駄目だ。直ぐに帝国の領土を広げようとするだろう。しかし、スクローブ等の貴族連中を完全に押さえ込んでからでないと、奴等に帝国を乗っ取られかねない。今の帝国はデュランでは統治しきれないのだ」
「デュラン様は第3代皇帝のお祖父様によく似ていますからな。考え方も強引で直情的です。その反面、軍事的才幹は目を見張るものがあります」
「デュランは盤上勝負でも攻めの局面に入ると手がつけられないからな。・・・この戦い、厳しいものになりそうだ」
「はい、慎重に事を運ばないとアンドリュー様の敗北の可能性が無いとは言い切れません」
「ふっ、なんとも情けない話だが、万が一の時にはクラレンス、お前に全てを託すぞ」
「はい、全ては抜かりなく。私がお守りして見せます」
アンドリューの言葉にクラレンスは恭しく頭を下げた。
リュエルミラではミュラーが地図に置かれた駒を見ながら考え込んでいた。
「う~む。解せん・・・。一体何が起きているんだ?」
戦場でミュラーの予想を越える状況が発生していた。