西の集落防衛戦1
西の集落はリュエルミラの西端に位置し、魔物達が跋扈する深淵の森に隣接している50人程の集落だ。
住民の大半が農民であるが、深淵の森に入る冒険者達の拠点にもなるため、宿屋や食堂等を兼業している住民も多い。
また、深淵の森から出てくる魔物の脅威に曝される可能性もあることから、集落の周囲を簡易的な柵や堀で囲んでいる。
そんな小さな集落が戦場になろうとしていた。
集落に集結したのは衛士隊30人に、冒険者30人、そしてミュラーとオーウェン達だ。
「なかなか厳しいな・・・」
集結した戦力を前にミュラーは呟いた。
「数だけならばそれなりですがね」
ミュラーの横に立つオーウェンも腕組みしてため息をつく。
「衛士隊はまだいい、部隊行動にも慣れているから我々との連携も容易だろう。問題は冒険者だ、装備も職種もバラバラだ。剣士や戦士が14人、弓士と神官が5人ずつ、魔法使いが4と斥候が2。剣士や戦士でも剣や槍、戦斧と装備や戦闘スタイルに統一性が無い」
ミュラーも理解している。
冒険者とは少数で仕事を請け負う自由業者達であり、今回のように軍事行動に近い集団戦闘には向いていないし、それを強いるのは酷だというものだ。
「しかも、大隊長が領主様と知っていながら何とも思っていませんよ」
「それはそうだ。彼等には彼等のプライドがあるんだろうよ。自分達は領主に仕えているのではない、権力には屈しないぞ、ってな。そもそも彼等は領主なんざ、ちょっと偉そうな役人位にしか見ていないよ」
「まあ、それは仕方ないことですな。大隊長自身だって領主様の自覚は無いでしょう?」
「まあな、仕事として引き受けたようなもんだからな。そもそも、領主の自覚って何だろうな?」
「そんなものは知りませんよ。まあ、今回は領主の威厳ではなくて、部隊指揮官としての実力を示せばいいんだから楽なもんですよ」
「楽なもんか。圧倒的不利な状況だぞ?」
「大隊長の大好物じゃないですか?」
「馬鹿を言うな」
戦いを前に気の抜けた会話をするミュラーとオーウェン。
そんな2人をミュラーの背後に立つマデリアは冷めた目で見ていた・・・いや、マデリアの目は前髪で隠れているが、きっと冷たい目で見ている筈だ。
因みに、オーウェン達はリュエルミラ領兵の略装に軽鎧を着込んでいるが、ミュラーは制服に剣を帯びているだけ、マデリアに至っては普段と同じメイド服である。
「さて、時間も無いし、さっさと作戦計画を立てるか・・・」
ミュラーは衛士隊を率いる小隊長と、冒険者の代表を務める上位冒険者の剣士を呼んだ。
「・・・という訳で、最初の防衛線は集落と深淵の森の中間地点からやや集落寄りの荒野に布く。防御線の主力は衛士隊とリュエルミラ領兵を中心とし、冒険者の弓士と魔術師で構成する。近接戦闘が可能な冒険者は遊撃だ。斥候の2人は部隊間の伝令と偵察、神官達は後方待機とし、負傷者に備えてもらう」
地図を広げて作戦計画を説明するミュラーだが、衛士隊長も冒険者も難しい表情だ。
「敵のオークの数は百を下らないと聞きます。少なく見積っても我々の倍以上と考えるべきでしょう。その戦力差で開けた場所での戦闘は危険です。ならば、敵を集落まで引き寄せて柵や堀を活用して数の不利を補うべきではありませんか?」
「俺達冒険者にしても、気心の知れたパーティーをバラバラにされては思うように戦えないぞ」
2人の意見ももっともではあるが、ミュラーの考えは違う。
「敵を集落まで引き寄せれば防衛戦を有利に展開できるが、万が一防御を突破された場合、その後の立て直しが困難だ。ならば、初戦は広い荒野での戦いの方が柔軟に対応できる。集落に防御線を布くのは最後の最後だ。冒険者にしても、パーティー単位の方がそれぞれの真価を発揮出来るだろうが、今回はパーティーとしての実力でなく、個々の能力によって役割がある。魔術師や弓士は敵との衝突前に打撃を加えるのに役立ってもらう。近接戦闘にしても、冒険者達は部隊行動よりは遊撃として自由に動く方が性に合っているだろう?」
ミュラーは丁寧に作戦の主旨を説明し、皆の理解を得た。
翌早朝、ミュラー達は西の荒野への配置を完了していた。
偵察に出した斥候からの報告でオークの群れの出現地点を予測し、前線指揮官のオーウェンの下でリュエルミラ領兵4人を中心に衛士隊30人が2列横隊で布陣してその背後には弓士と魔術師が控えている。
それ以外の冒険者は集落で待機だ。
「狭いし、薄いですね」
今回は小隊長としての経験があるクランがミュラーの補佐を務めるが、クランの言うとおり、数十人程度の防御陣形では広い荒野の中では線ではなく、点に等しい。
敵がその防御陣を避けて通れば元も子もないが、ミュラーもそのことについては想定している。
故に盾を持って構える隊員の間隔を広めに保ち、急な陣形変換や転進に対応できるようにしているのだ。
「我々も少ないが、敵もたかだか百と少しだ。どうとでも対応できる。それに、敵は知能の低いオークだ。そう凝った策を講じてくることもないだろう」
そんな話をしていると、いよいよオークの群れが深淵の森から現れた。
その数はざっと見て130体程か、一際大きな個体、おそらくはオークキングが率いており、目の前に布陣する武器を持った人間達を見て唸り声を上げて威嚇してくる。
ミュラーの睨んだとおり、単純でありながら闘争本能の強いオーク達は目の前の敵を逃すつもりも、迂回しようなんて気持ちも微塵にもないらしい。
「やはり奴等は単純だ。こちらも予定通り行動を開始する。しかし、単純であるが故に真っ向勝負には強いぞ。気をつけろ、無理をするな」
ミュラーは作戦開始を命じた。
作戦開始と共に前線に布陣していたリュエルミラ領兵と衛士隊は盾を構えながら密集して防御を固め、更に内側から盾を叩いて打ち鳴らし、オーク達を挑発し始めた。
挑発に乗ったオークの一部、50体程が怒りに任せて駆け出し始める。
それは陣形も隊列もない、単なる突出でしかない。
そのオークの突撃を受け止めるべく盾を重ね、防御姿勢のまま微動だにしないリュエルミラ領兵達。
彼我の距離が瞬く間に縮まり、いよいよ衝突する直前。
「今だ!反転後退!」
オーウェンの合図で一斉に後方に向かって脱兎の如く駆け出した。
体格も力も優れたオークの突撃を真正面から盾で受けようなんてのは具の骨頂である。
虚を突かれてオークの先頭の数体が転倒し、後続のオーク達に踏みつけられ、潰されて犠牲になった。
さらに、リュエルミラ領兵達が後退したことによりオーク達の目の前に現れたのは弓を引き絞った弓士と魔力を集中した魔術師達。
オーク達に弓が、雷撃が、炎撃が降り注いだ。
体の大きなオークに矢の1本や2本が当たっても仕留められないが、それでも当たり所が悪かった不幸なオークが倒れ、炎撃や雷撃を受けたオークが体を焼かれながら周囲を巻き込んで大混乱に陥った。
「よし、弓士と魔術師は後退!本隊は再び反転して突撃!」
オーウェンの声が響き、リュエルミラ領兵達による反転攻勢が始まった。