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割れる帝国

「帝国宮廷省がエドマンド皇帝崩御を公表したことに合わせてアンドリュー、デュラン両皇子が皇帝即位を宣言しました」


 緊急会議の席でフェイレスが説明する。


「このまま2人の争いに突入・・・となりそうだな。荒事にならなければいいと思っていたが、そうはならないだろう」

「はい、アンドリュー皇子は帝都で、デュラン皇子はスクローブ侯爵領にてそれぞれ即位を宣言、自らが正統なる帝位継承権を持つと主張し、互いに相手を敵視しています。武力衝突が発生する可能性は高いでしょう」

「というわけだ。結局は宮廷闘争が勃発、帝国を二分する争いに発展しかねない。しかも、皇帝が2人という想定の斜め上をいく事態だ。面倒くさいことこの上ない」


 呆れたように話すミュラーに出席者は皆一様に苦笑している。


「2人の皇帝即位宣言とは、前代未聞、他国から見ればいい恥さらしですね」


 ヘラヘラと笑いながら話すバークリーに頷くサミュエル。


「確かに恥さらしではあるが、それよりも、他国からすれば帝国を攻撃する好機ですね」


 ミュラーも頷く。


「ああ、その通りだ。考えるまでもなく分かるようなことだが、目の前の皇帝の座しか見えていないのかな?」


 帝国の周囲には友好国もあれば敵対国もある。

 第3代皇帝の時代に強大な軍事力を振りかざして強引に国を拡大した帝国だが、その意志を引き継いだ筈の第4代皇帝エドマンドは自らの敗戦から急激な領土拡大は危険であることを学び、苦い敗戦を経験して以降は領土拡大を止め、国内の安定と国力の強化に専念した結果、帝国は更なる軍事強国へと成長し、強大な軍事力を盾に国内外の均衡を保ってきたのだ。

 しかし今やその均衡が崩れようとしている。


「それぞれが力に自信があるから即位を宣言したのでしょうが、双方の陣容はどのようなものでしょう?」


 アーネストの疑問にフェイレスが答える。


「先ず、アンドリュー側ですが、宰相のクラレンスが後ろ盾となり、近衛騎士団や帝国正規軍の大半を掌握しています。その総兵力は8万にも及びます。対するデュランは第3皇子アレク、第1皇女エリーナがデュラン支持を表明、加えてスクローブ侯爵、ラドグリス侯爵を筆頭に両侯爵家に縁のある貴族が支援しています。総兵力はデュランに近しい帝国軍部隊に加えて各貴族領の領兵を加えて2万弱となります」


 8万と2万にも満たない戦力差、一見すると圧倒的な戦力差だが、そんなに単純なことではない。


「アンドリュー陣営はその大半が正規軍となれば、国境や国内の警戒を疎かにすることはできない、アンドリュー支持の貴族の領兵を加えても実働戦力は4万といったところ。油断ができる差ではありませんね」


 アーネストの言葉にオーウェン、ゲオルドの各大隊長が頷く。

 しかし、ミュラーの見立ては更に厳しい。


「そもそも、国内の紛争で数万の軍勢が激突する事態になれば他国が黙ってはいない。小競り合い程度なら様子見を決め込む連中もこれを好機として攻め込んでくるかもしれない。クラレンス宰相もそんなことは分かっているだろう。そうなると、国境警戒に更に兵力が必要になる。アンドリュー陣営が動かせる戦力は更に減るだろう」

「う~む、戦力は拮抗すると見た方がよさそうですな」


 ゲオルドが唸る。


「ところで、アンドリューとデュランがそれぞれ即位を宣言したということですが、即位に必要な三器はどうなっているんですか?」


 皇帝即位に必要な聖剣、宝冠、国璽について、サミュエルの疑問に答えるのはフェイレスだ。


「現在、アンドリューは宝冠を、デュランは聖剣を手にして自らの正統性を主張しています。もう1つの国璽についてはどちらもその所有を明確にしていないので、その所在は不明ということだと思われます。何れにしても、三器は3つ揃ってこそ皇帝として認められるものであり、1つや2つを手にしたところで正式な即位とは認められません」

「そうなると、更にややこしいですね。手にしている三器や兵力だけの問題ではありません。デュラン側にはアレク皇子、エリーナ皇女に加えて有力な大貴族であるスクローブ、ラドグリス侯爵が支持していますが、アンドリュー側は有力な後ろ盾はクラレンス宰相のみで、他には何の力も無い第4皇子ハロルド、第2、第3皇女ミルシャ、シャミルのみ。アンドリューが継承順位第1位だとしても、求心力においてどちらかが有利とは言えませんね。その他の要職に就いている者は立場を明らかにしていない者が多いですが、アンドリュー、デュラン支持が半々といったところでしょう。全てにおいて厄介な状況ですね」


 サミュエルの言葉はこの争いが泥沼化する可能性を物語っている。


「「・・・・」」


 会議の席が暫しの沈黙に包まれた。

 その沈黙を破ったのはバークリーだ。


「ところで、誰も口に出さないので敢えて私が聞きますが、帝国の有力貴族でもう1人無視できない者がいます。エストネイヤ伯爵はどうしましたか?」


 皆が気にしていながら敢えて避けていたミュラーの妻であるローライネの父親であるエストネイヤ伯爵の動向。

 ミュラーの隣に座るローライネは澄まし顔で表情を変えないが、内心は穏やかではないはずだ。


「エストネイヤ伯爵は今のところどちらの陣営にも与せず、沈黙を守っている」


 ミュラーの説明にバークリーが首を傾げる。


「伯爵はデュラン側だと思いましたが、意外ですね。むしろ気味が悪いですな」


 遠慮無しに口にするバークリーに皆が心の中で同意する。

 

「確かに、エストネイヤ伯爵に動きが無いのは気味が悪いが、それを気にしていても仕方ない。とりあえず伯爵はデュラン側とみて動向を注視するべきだな」


 ミュラーに続いてローライネが立ち上がった。


「皆さん、遠慮は無用ですわ。今の私はリュエルミラ領主ミュラー様の妻であり、エストネイヤ伯爵は私の父親『だった』お方に過ぎません。もはや私には関係のないことですわ。それに、あのずる賢い男のことです、自分の立場を有利にするために狡猾に機会を窺っているのでしょう」

 

 決意に満ちたローライネの言葉だが、ゲオルドやミュラーはその言葉の裏にローライネの不安が隠れていることを知っている。

 いくら父親であるエストネイヤ伯爵を見限ったような口ぶりでも、ローライネはそう思いきることができないのだ。

 とはいえ、ローライネの心境ばかり気にしている暇はない。


 リュエルミラの意志を決めなければならない。


「予定通り、我がリュエルミラはどちらの陣営にも与しない。当面は領兵連隊と衛士機動大隊で領内と他領との境界の警戒を強化し、闘争の情勢を見極める」


 ミュラーの決定に従ってフェイレスが各隊の警戒地区を割り振った。

 その中にはエルフォードやロトリア方面も含まれている。


「エルフォードもそうですが、ロトリアはリュエルミラに手出ししないとの領主間の約束があるのではありませんか?」


 嫌らしい笑みを浮かべたままのバークリーの発言にミュラーが呆れ顔で答える。


「確かに、エリザベート殿との約束はあるし、エリザベート殿は信用に値する人物だ。しかし、エリザベート殿との約束をそのまま信じてロトリアとの境界の警戒を疎かにするつもりはない。そんなことをすればエリザベート殿を失望させてしまうだろうし、私とて密約を真に受けるほど間抜けではないぞ」


 ミュラーは立ち上がって皆を見回した。


「私は軍人としても、リュエルミラ領主としてもグランデリカ帝国皇帝という個人に対しては忠誠心を持ち合わせていないし、誰が皇帝になるかに興味はない。私の忠誠心は国家と国民のためであり、国家の体制を脅かし、国民を危険に曝す宮廷闘争には関与しない。故に最優先すべきはリュエルミラ領民の安全だ。これを脅かすのなら、アンドリューだろうが、デュランだろうが、その両方だろうが刃を向けることに躊躇いはない!」


 ミュラーは家臣達を前にその確固たる立場を宣言した。

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