ラルクとの会談
エルフォード領主ラルクがミュラーとの会談のためにリュエルミラに来訪した。
護衛の領兵騎士2人と古代スライムの一件で毒を浴びた自らの目を焼いて失明した魔術師のセレーナを伴っている。
ミュラーの執務室に案内されたラルクはミュラーに頭を下げた。
「改めてご挨拶します。父からエルフォードの家督を引き継ぎ、エルフォード領主になりました。今後ともよろしくお願いします。加えて急な会談のお願いを受けてくれてありがとうございます」
まだ幼さの残るラルクではあるが、少なからず領主としての自覚が芽生えてきているのだろう、その佇まいは新米領主として堂々としている。
「久しぶりだなラルク。先ず以てエルフォード領主就任おめでとう」
ミュラーの言葉にラルクの表情がパッと明るくなった。
「ありがとうございます」
ミュラーはラルクとセレーナを応接用ソファに案内し、その対面にフェイレスと共に座る。
テーブルの上にマデリアがお茶とお茶菓子を配膳したところでミュラーが切り出した。
「さて、ラルクもお茶を飲みに来たわけではないだろう。早速だが本題に入ろう」
ラルクも表情を引き締める。
「はい。僕の方から会談を申し入れたのですからね、ミュラーさんのお時間を無駄に浪費するわけにはいきません。早速なのですが、一部の貴族が不穏な動きを見せているようなのですが、そのことについて相談したいのです」
「なるほど。それはつまり帝国内で
何らかの問題事が起きそうだから、どのように対応すべきかを話し合いたいということか?」
「はい。一部の貴族、あえて名を伏せますが、帝国東部に所領を持つ大貴族達が中心になり、軍備を拡大しているというのです」
ラルクなりに言葉を選んでいるのだろうが、帝国東部に所領を持つ大貴族となれば、スクローブ、ラドグリス両侯爵とエストネイヤ伯爵家であり、更に帝国の東部は両侯爵家の息のかかった貴族の所領ばかりなので、名を伏せても意味はない。
しかも、現時点でミュラーは何も情報を出していないのに、ラルクは手持ちの情報を次々とさらけ出してくる。
その様子を聞いていたセレーナが小さくため息をつく。
(ラルク様、対外的な対応はエルフォード領主として慎重にと何度も進言したのですが・・・)
領主同士の会談であるはずが、ラルクはミュラーに心酔するあまり警戒や疑いの気持ちを全く持っていないのだ。
「僕は東方の大貴族達の考えには賛同することができません。万が一大貴族達が皇帝陛下に弓引くようなことがあればそれを看過することはできませんので、微力ながらもエルフォードは兵力をもって皇帝陛下をお守り・・」
「ラルク様っ!」
セレーナが声を上げた時には手遅れだった。
ラルクはミュラーの考えを聞く前にエルフォードの立場を示してしまったのだ。
ラルクの考えが必ずしもミュラーのそれと同じであるとは限らない。
セレーナはラルクの側近としてそのようなラルクの未熟さを見越してことある毎に意見具申しており、ラルクも頭では理解していた筈なのだが、憧れのミュラーを前にするとそんなことにすら考えが及ばない程に無邪気になってしまっていたのだ。
セレーナはこの会談に挑むにあたり、万が一に備えて1つの重大な情報をあえてラルクに報告せずにいたのだが、それすらも無意味になるほどの失敗である。
視力を失っているセレーナにはミュラーの顔色を見ることが出来ないが、最早この会談はミュラーの思いのままだろう。
ミュラーにしてもラルクのあまりの迂闊さに苦笑せざるを得なかった。
しかも、セレーナに窘められても当のラルクは意味が分からないといった様子でキョトンとしている。
当初の方針のとおり、ミュラーの側からは必要以上の情報は示さないつもりだったが、この有り様ではリュエルミラとエルフォードの対等な立場を保つことができない。
ミュラーは隣に座るフェイレスに目配せをすると口を開いた。
「エルフォードの考えは理解したが、それはエルフォードが決めたことだから私が口出しすることではない。・・・ところで、ラルクはエドマンド陛下が崩御した可能性があることは知っているか?」
「えっ?まさか・・・皇帝陛下が崩御された・・のですか?」
ミュラーの言葉に愕然とするラルク。
「ああ、今のところ本国からの公表は無いが、確度の高い情報だ」
「そんな・・・」
自分が思っていた以上の事態にラルクは言葉を失うが、ミュラーにしても自分からこの情報を伝えるつもりはなかった。
ラルクの持つ情報に話を合わせ、場合によっては情報収集の大切さを教え、帝国内の不穏な動きに対して慎重に判断するようにアドバイスをして結論を曖昧にするつもりだったのだが、会談開始早々にラルクはミュラーに次々と情報をさらけ出し、あまつさえエルフォードが取る方針まで口にしてしまった。
仮にミュラーが東方貴族達に同調していたら取り返しのつかない失態だ。
だからミュラーは根底を覆す程の情報を伝え、強引に会談を振り出しに戻したのである。
呆然としてミュラーの真意など思いもよらないラルクだが、セレーナはミュラーの考えを正しく理解した。
ラルクの失態に対してミュラーがあえて会談の根底をぶち壊し、ラルクの失態を無かったことにしてくれたのだ。
しかし、ここからの挽回はセレーナの役割だ。
セレーナは立ち上がってミュラーとラルクに深々と頭を下げた。
「ミュラー様、ラルク様、申し訳ございません。実は私はラルク様に隠し事をしていました。ミュラー様のお話した皇帝陛下崩御の情報はこの会談の直前に私も掴んでいました。しかし、その上でラルク様には報告せずにいたのです」
突然のセレーナの告白にラルクは唖然とする。
「セレーナ、どうして?」
しかし、セレーナは厳しい表情でラルクに正対し、自ら焼いた瞳の傷痕を隠す布の内側から光を失った瞳でラルクを見据えた。
「ラルク様、貴方が未熟故のことです。日頃から具申していましたし、先ほどもお諫めしましたが、ラルク様はミュラー様に心酔し過ぎです。お互いに領主として対等な立場でありながら、憧れのお方として尊敬するあまり、ご自分の立場を見失っております。本来ならばお互いに持つ手札を確認しつつ、話をすり寄せなければならないのに、ご自分のことばかりお話になりましたが、もしもミュラー様の考えがラルク様の考えと違うものだったらどうしますか?」
「でも、ミュラーさんはそんなことは・・・」
「そういうところですよ、ラルク様。もう少しエルフォード領主としての自覚を持ってください。今だってラルク様の失態をミュラー様がフォローしてくださったのを理解しておりますか?」
「・・・・」
他家の領主の館で自らが使える主を説教するセレーナとことの重大性を理解してしょげ返るラルク。
ミュラーは苦笑しながら更に助け船を出す。
「ラルク、良い側近に恵まれたな。主に対してそこまで苦言を呈してくれる臣下は貴重だぞ」
横目でフェイレスを見ながら語るミュラー。
フェイレスは相変わらず無表情だ。
「・・・はい。僕が未熟でした。セレーナが止めてくれなかったら僕は取り返しのつかない間違いを犯すところでした」
反省するラルクだが、実際にはラルクはセレーナが止めるのも間に合わずに既に致命的な過ちを犯しているのだが、それをミュラーが振り出しに戻したのである。
その辺りは大目に見るミュラーとセレーナ。
「よし、ならば仕切り直しだ。改めて話をしようじゃないか」
ミュラーのかけ声で改めて会談が始まった。