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嵐の前

 フェイレスとダンが南東の森に向かい、難民に対する初期的な支援も一段落したミュラーは少しだけ時間が出来た。

 実際には領政における通常業務があるが、フェイレスに次いで事務処理能力が高いバークリーがミュラーの決裁が必要な仕事を吟味して回してくれるので、多少の余裕がある。

 そんな中でエリザベートとシェリルがロトリアへと帰るため、明日には出発するというある日、ミュラーは執事のクリフトンを呼んだ。


「お呼びでしょうか?」


 新しく採用したのだろう、1人のメイドを伴って執務室に来たクリフトン。

 ミュラーはクリフトンの背後に立つメイドに訝しげな目を向けたが、取り敢えずはクリフトンに用件を告げることにした。


「まあ、色々と面倒ごとを押し付けられたようなものだが、ロトリアのエリザベート殿等の尽力と今後の間接的な経済支援があったからこそ多くの難民を受け入れることが出来た。それに、今回はローラも見事に私の代行を勤めてくれた。彼女等を労うために今夜は細やかな晩餐の席を設けたいと思う。急で悪いが手配出来るか?」


 ミュラーの問いにクリフトンは恭しく頭を下げた。


「問題ございません。家内にもそのように伝えましょう。急な祝宴等の準備は家内のお手の物です」

「それから、今回はマデリアも給士としてでなく、晩餐に出席させる。マデリアもローラの護衛だけでなく色々と働いてくれたようだからな、労ってやりたい。当然ながらゲオルドもだ」

「かしこまりました。直ちに手配します」


 晩餐の準備をクリフトンに下命したミュラーは改めてクリフトンの背後に立つメイドを見た。


「で、何でお前がここにいる?パット」


 クリフトンが連れてきたのは館で働くメイドの制服、所謂メイド服を着たパットだ。


「この度新たに採用したメイドのパトリシアです。使用人募集に応募してきまして、以前から館に出入りしていましたので素性も明らかな者ですから採用しました」


 クリフトンの説明に続いてパットがカーテシーをしながら頭を下げた。


「こ、この度この館で働く・・お仕えさせていただだくことになっ・・なりましたパトリシアです。よろしくお願いします、おじさ・・ミュラー様」


 カーテシーも板についていなければ、言葉使いも辿々しい、というか元来のお転婆な性格が全く隠せていない。


「いつも通りの話し方でいい。で、何でお前がここで働いているんだ?」


 ミュラーの許しを得たパットは普段の口調に戻る。


「ゴメンね、まだ採用されたばかりだからさ、慣れない話し方だと噛んじゃうんだよね。それで、僕がここで働く理由だけど、孤児院の皆のためだよ。孤児院の弟や妹のが安心して暮らせるためにお兄さんやお姉さんの僕達が働いてシスターを助けることは当然のことさ。僕も小遣い稼ぎだけでなくちゃんとした職に就こうと思ってクリフトンさんにお願いしたんだ。だからここで働かせてくれないかな?」


 上目遣いでミュラーを見るパットだが、これは単なるおねだりの視線だ。


「私が直接面接しましたが、パトリシアは頭が良くとても気が利く娘です。少々がさつなのが玉に瑕ですが、その辺りは今後の課題ということで採用することにしました。パトリシアは住み込みではなく孤児院からの通いの日勤勤務となります」


 クリフトンの説明にミュラーは頷いた。


「館の管理や人事はクリフトンに任せてある。クリフトンが採用したならば私は異を唱えることはしない。しっかり働けよ、パット」


 パットの表情がパッと明るくなった。


「ありがとう・・・ございます。おじ・ミュラー様」


 ミュラーは肩を竦める。


「それから、私に対してのみは普段の言葉使いでもかまわん。私はこの館の主であり、リュエルミラの領主なのだからこの程度のえこひいきならば問題ない。但し、クリフトンや他の者には無礼の無いようにしろよ」

「うん、分かったよ!」


 パットは嬉しそうに頷いた。


「クリフトン、後のことは任せるから給料分はしっかりと働かせてやるように」

「かしこまりました」


 2人が退室するとミュラーは執務机の上に積まれた書類の山を見た。

 多少の余裕があるとはいえ、領主の仕事は多い。

 

「少しでも進めておくか・・・」


 ため息をつきながら書類の山に目を通す。

 領内は多少の混乱は認められるが、概ね安定して経済も成長している。

 しかしながら帝国国内の情勢についての報告書は一部の貴族による不穏な動きによるものばかりであり、如何にリュエルミラの情報収集能力が優れているとはいえ、これだけの情報が辺境領のリュエルミラにまで届くということは本国や他領も同様の情報を掴んでいるだろうし、企みを持つ貴族達も承知のことだろう。

 事態が動くのもそう遠い先のことではない。

 そんなことを考えながら次に取った書類はエルフォード子爵家のラルクからのものだった。

 病床の父から当主の座を引き継いでエルフォード領主になった挨拶と、至急にミュラーとの会談の機会を持ちたいとの内容だ。


「ラルクも情報を掴んでいてその対応に悩んでいるな。いよいよ国が割れるか・・・」


 ラルクからの手紙を至急案件として選別したミュラーは呟いた。


 その日の晩、クリフトンとその妻のエマの仕切りによる細やかな晩餐が催された。

 ミュラー主催の席で招待者は今回の難民受け入れで特に功績のあったエリザベート、ローライネ、シェリル、ゲオルド、マデリアであり、ついでにランバルトにも声を掛けてみたが、ランバルトは「商売で忙しい」との理由で出席を辞退している。

 晩餐の席といえど、こぢんまりとした夕食会のようなものだが、そこはそれ、仕事が出来る男のクリフトンと、優秀な料理人のエマによる仕切りだ、何の手抜かりもない。

 皆が和やかに決して豪華ではないが、極上の料理の数々を楽しんでいる。


 そんな中で特筆すべきはマデリアだ。

 普段はミュラー付の護衛メイドであるマデリアだが、今回はミュラーに招待された出席者である。

 聞けばマデリアはミュラーからの招待に驚きはしたものの、主からの招待であるため辞退するようなことはなかった。

 しかし、そこで問題となったのはマデリアの服装だ。

 普段は勤務中でも休日(休日といっても何かと雑務を見つけては勝手に細々と働き回っている)でもメイド服で過ごし、ミュラーの護衛の任務となれば領兵の女性用制服を着ているマデリアだが、私服を持っていないらしい。

 ミュラーから給金を支払われているものの、身だしなみについてはメイドの嗜みとして公費で支給される制服と化粧品で賄い、受け取った給金の殆どを使っていないようで、唯一金を使うのは支給品に該当しないマデリア独自の道具?を買う程度だ。

 今回の晩餐もマデリアはメイド服のエプロンを外したワンピースで出席しようとしたのだが、それに待ったを掛けたのがローライネだった。

 マデリアが私服を持っていないと聞いて卒倒しかけたローライネはマデリアを自室に引きずり込み、ステアの手を借り、ローライネが何着も持っているドレスから落ち着いたシックな物を選んでマデリアを着飾らせたのである。


 ローライネのドレスを借りて出席したマデリアだが、そこはそれ、かつては潜入もこなす暗殺者だっただけあってテーブルマナーについてはミュラーよりも余程板についている。

 しかし、その晩餐の最中にステアが悪戯でわざと皿を落としてみたところ、その音を聞いたマデリアは反射的に立ち上がり、ドレスをまくり上げながらミュラーに駆け寄ろうとしたのだ。

 直ぐに悪戯だと気付いたマデリアは席に戻ったのだが、ミュラーは見逃さなかった。

 ほんの一瞬だけ露わになったマデリアの太股に彼女の仕事道具が光っていたことを。


(他にも色々と隠していそうだな。下手な軍服よりも余程凶悪なドレスだ)


 ミュラーは背筋に寒いものを感じつつ苦笑した。


 また、この席では見習いのパットが給士として動き回っていたが、クリフトンがいうとおり元から器用なのだろう、なかなかどうして危なげなく仕事をこなしている。


 こうして細やかでありながら和気あいあいと晩餐は行われ、ミュラーも嵐の前の静けさを楽しむことができた。

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