ダークエルフの一族
その後、ローライネ、シェリルの活躍とランバルト商会の支援により国境付近で保護された難民達数百名は無事にリュエルミラに到着した。
亜人への差別が根強いゴルモア公国からの難民らしく、その半数以上は人間以外の種族の者達だ。
ダークエルフ、ホビット、獣人が多く、中には職人として高い技術を持つドワーフも含まれている。
ミュラーはダークエルフの族長や集団の代表等の主だった者達を館の前に集めた。
目の前に集まっているのは30名ほどだが、それ以外にも多数の難民が遠巻きにミュラーのことを見ており、皆一様に不安そうな表情だ。
ミュラーの横にはエリザベートが立ち、それぞれの背後にフェイレス、ローライネ、シェリルが控えている。
「諸君!私はこのリュエルミラの領主であるミュラー・リングルンドだ!」
鋭い声に皆の注目が集まる。
やや厳しめの口調だが、多くの者に話を聞かせるにはこちらの方が丁度良い。
「今回、諸君等をリュエルミラに受け入れることを決めたのはゴルモア公国ロトリア領主であるエリザベート殿からの要請と尽力、今後の協力の確約があったからだ。そうでなければこれ程周到綿密かつ迅速に諸君を受け入れることは出来なかった。諸君等はゴルモア公国において飢えや差別に苦しんで国を捨てたのだろうが、他国民のそんな境遇はリュエルミラには何の関係も無ければ興味も無い!」
ミュラーの突き放すような口ぶりに難民達は更に不安そうな表情を浮かべた。
「ゴルモア公国を捨ててリュエルミラに来た以上は諸君は本日ただ今からリュエルミラ領民である。リュエルミラとロトリアは諸君がこのリュエルミラで自立できるようにできる限りの支援をする。当面の間は衣食住を保証するが、その支援は永久ではない。諸君は職を得て自立することを忘れてはいけない。幸いにしてこのリュエルミラは人手不足だ。軍事、農業を始めとして働き口はいくらでもあるし、手に職のある者は開業するのも自由だ。子供達には学びの機会を与え、将来の選択肢を広げる手助けをする。だから何も心配することなく自立する努力に専念してもらう!」
厳しい口調だが、リュエルミラは領民として自分達を迎え入れ、生活が安定するまでの支援を受けられると理解した難民達は安堵し、リュエルミラの民となることを決意したのである。
難民の受け入れは滞りなく行われたかに見えたが、問題が無かったわけではない。
特に問題になったのはダークエルフ達の居住地の問題だった。
人間はもとよりドワーフや獣人、ホビット等は領都に住んだり領都周辺の草原地帯に新たな集落を建設することで決まったのだが、ダークエルフの族長から「可能であるならば森の中で暮らしたい」との要望が出たのである。
若いダークエルフの中には領兵や冒険者等の職に就くことを希望する者も多く、それ以外の者も当然ながらリュエルミラに対しての納税等の責務は全うするのだが、一族の集落は精霊達の多い森の中に置きたいということだ。
やや贅沢な申し出だが、受け入れると決めた以上、彼等がリュエルミラで恒久的に生きていくためには可能な限りは要望も聞き入れる必要がある。
ミュラーとフェイレスはダークエルフの族長の要望を聞くことにした。
他の者が一時的に与えられた施設で食事や休息を取っている中、ミュラーの執務室に招かれたのは壮年のダークエルフの男性だった。
「我々を受け入れてくださった上に要望を聞いていただく機会を与えてくれて感謝します」
ダン・フェリスと名乗ったダークエルフの族長は一族の要望について説明する。
「私達エルフは森の民と呼ばれています。確かに森を出て職を得たり、街で生活する者も多いのですが、私達の根底は森と共に生きることにあります。森の恵みや精霊達の力を借りて生きることが私達にとって自然な形なのです。無論、リュエルミラに受け入れてもらい、リュエルミラの民となったからには領民としての労働や納税の責務は果たしますので、領内の森に集落を作ることをお許しいただきたいのです」
ダンの話を聞いたミュラーは思案した。
労働と納税の責務を果たすというならば、領内の森で暮らしたいという彼等の要望には応えたいと思う。
「まあ、自分達で集落を作るというならば別に構わないし、領内の大工等に依頼して手伝わせるのも良いだろう。しかし、何処に集落を作るかだが・・・北方の湖畔の森はどうだろうか?」
ミュラーはハイエルフであるフェイレスに意見を求めてみたが、フェイレスは首を振る。
「あの森は環境は良いのですが、規模が小さ過ぎて精霊達の数も少な過ぎます。彼等の要望を聞き入れるのならば、もっと深い、樹海のような環境が最適です」
「だとすると、西の樹海か、南東の森になるか・・・」
「西の樹海は凶悪な魔物が多く生息していますし、領都から遠すぎます。南東の森の方が集落を作る環境に適していると考えます」
フェイレスの言うとおり、西の樹海は領都から遠すぎて自立支援をするにしても手間がかかる。
それに引き換え南東の森は領都や付近の町からも比較的近くにあるため支援の手も届きやすく、深い森で魔物達も多いが森に生きるエルフ達ならば問題はないだろう。
しかし、一つだけ問題がある。
「南東の森ならば最適だろうが、あの森には既に別のエルフが住んでいるよな?」
「はい、この地がリュエルミラと呼ばれるようになる以前から彼の森の奥にはハイエルフの集落があります」
フェイレスの言うとおり、件の森の奥にはハイエルフの一族が暮らしている。
森がリュエルミラ領内にあるため、形式上は領民という扱いではあるが、彼等は基本的には人間との接触を避け、森の奥から出てくることは稀であり、一部の冒険者として働いている者やたまに町に出て雑貨や食料品等を売買する以外は納税や労働力として何も貢献していないため、ミュラーも会ったことがない。
「しかし、エルフ達の事情はよく知らないが、森のエルフ達が彼等を受け入れるか?」
ミュラーからしてみればハイエルフもダークエルフも纏めてエルフという種族にしか見えないのだが、一般的にエルフとは一族意識が強く、同じエルフといえど相まみえることが無く、ましてやハイエルフとダークエルフでは敵対意識すらあると言われている。
ミュラーの懸念もごくごく自然なものだ。
「それについてはお任せください。私が出向いて仲介をして参ります」
フェイレスの申し出にミュラーは思案する。
「ならば、私も同行した方が・・」
「私にお任せください。主様は邪ま・・・出ていただく必要はありません」
ミュラーの同行を拒むフェイレス。
「・・ん?今、邪魔・・・とか言わなかっか?」
「私が主様にそのような事を申し上げる筈がありません。主様の聞き間違えです」
(この2人は主従の筈だが・・・迂闊な口出しはしない方が利口だ)
そんな2人のやり取りを無言で見るダンは空気を読んだ賢明は判断をする。
「それに、この問題は主様は役に立ちま・・・他国の領主であるエリザベート様が滞在しているのに主様がここを離れるわけにはいきません」
「むぅ・・・まあ、確かにそうだな」
「故にこの一件は私にお任せください」
結局、フェイレスがハイエルフとダークエルフを仲介することになり、早速出発することになった。
「・・・何か、釈然としない」
フェイレスとダンを見送るミュラーは首を傾げながら呟いた。