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急報

 ミュラーは屋敷の地下にある秘密通路を歩いていた。

 先導するのはクリフトン、背後にはマデリアを従えている。

 ミュラーは着任初日に館の庭園の地下に大きな空間があることを見抜いていた。

 貴族の館に地下空間があるとなれば、秘密の倉庫か何かと相場は決まっている。

 前領主の所業から考えれば、貯め込んだ財産か何かだろう。

 それが何であるか、早い段階で確認しておくべきだったが着任以降のゴタゴタで後回しになっていたのだが、何時までも無視できないので、この機会に確認しようとしていた。


 地下倉庫は2つに分かれていた。

 片方は小部屋で、案の定美術品や宝石、金塊の類が隠されていた。

 それら美術品の価値はミュラーには分からないが、収められている全ての品々を換金すれば、かなりの金額になるらしい。

 それは、領内の経済を立て直す程ではないが、運営資金にすればある程度は改善させるには十分な額だ。


 それよりも、もう1つの大きな倉庫の方が問題だった。

 収められていたのは保存の魔力が付与された袋に入れられた小麦等の穀物だったが、その量が尋常ではない。

 この全てを領内に供出すれば、領民全てが1、2カ月間は生きることが出来る量だ。


「これは・・・どうするつもりだったんだ?」


 流石のミュラーも驚きを隠せない。

 

「これは、前領主が秘密裏に他国に輸出していた物です」

「これ程の量を?まさか、北のゴルモア公国か?」


 ゴルモア公国とは、リュエルミラの北方にある山脈を越えた先にある帝国とは敵対関係にある国だ。

 両国間は険しい山脈に阻まれており、互いに攻め込むことが出来ずに戦争状態にはなく、それ程の脅威ではないが、警戒すべき相手である。

 リュエルミラは北の山脈を隔てたゴルモア公国と西の深淵の森を隔てた西の国々の動静を監視し、一度戦争状態になれば、最前線を担う役割を担っているのだ。


 ゴルモア公国は北方の寒冷地であり、作物が育ちにくい環境であるが、まさかその公国に不正輸出をしていたとは、前領主が死罪になったのも当然である。


「これは・・・ちょっとマズいな」


 今まで取り引きをしていたリュエルミラが穀物の輸出を止めたとあれば、ゴルモア公国がどう動くのか分からない。


「まあ、前領主が死罪になったことは知られているでしょうから、直ぐには動かないと思いますが、いずれ何らかの接触を試みてくる可能性もありますな」

「まったく、次から次へと、後始末も大変だ・・・」


 ミュラーはため息まじりにぼやいた。


「・・・よし、ゴルモア公国が諦めてくれればそれでよし。そうでなくても、何か接触してくるまで放っておこう」


 そして、悩んだ挙げ句、それらの問題を棚上げにし、とりあえず前領主の残した品々は何らかの非常時に活用することにして、当面は地下倉庫を封印したままにすることにした。


 ミュラーが地下倉庫から出てくると、館の正門付近が騒がしい。

 ミュラーの領兵として着任したばかりのオーウェンが慌てた様子の衛士と話をしている。

 かつてはミュラーの大隊の第2中隊長を務めていたオーウェンは身長2メートルを超える巨漢で、大剣を軽々と振るう豪傑だ。

 見た目どおり豪快な性格だが、一度戦闘になると堅実で慎重な中隊運用で、大隊の中で防御に特化した中隊を指揮し、劣勢に強いと言われたミュラーの大隊において基幹中隊の役割を担ってきた。

 オーウェンはミュラーが軍務を解かれて辺境領主として赴任するに当たり、それぞれ退役を希望した3人の中隊長を代表して退役し、5人の兵士と共にリュエルミラ領兵としてミュラーの下に馳せ参じたのだ。

 領兵と言ってもオーウェンと一緒に来た、ミュラーの大隊で小隊長だったクラン、分隊長だったシャルマンと隊員のアラニス・イーサン・ウェンツの6人だけで、部隊としてはまだ成立していない。

 それでも、ミュラーから贈られた揃いの制服に身を包み、毎日の訓練や館の警備に励んでいる。

 因みに、ミュラーは軍籍が残っているので帝国軍の黒を基調とした制服を着用出来るが、オーウェン達は退役しているので新しくデザインしてあつらえたリュエルミラ領兵の制服姿だ。

 リュエルミラ領兵の制服はマデリアがデザインした濃緑を基調としたもので、オーウェン達の評判も良好であるが、メイド仕事からデザイン、暗殺までこなすマデリアの多彩ぶりには目を見張るものがある。


 そんなオーウェンと慌てた様子で話しているのは衛士のアッシュだ。

 聞くところによると衛士として無事に復帰し、以前と同じ分隊長を務めているらしい。


「何かあったのか?」


 ミュラーに声を掛けられた2人が振り向くと、オーウェンが駆け寄ってきた。


「西の森で冒険者のパーティーがオークの集団に襲われたそうです」

「集団?規模は?」

「険しい森の中で襲われたので詳しくは分からんらしいですが、百は下らないようです」

「集団性の高いオークにしても多いな。オークの群れなんざ普通なら多くても2、30程度だろう」

「はい、多分ですが、上位個体が出現して群れを統率しているか、群れそのものが何者かに操られているかです」

「遭遇した冒険者は?」

「素材収集の依頼を受けた中位冒険者の5人パーティーで、リーダーの剣士と神官が犠牲になったらしいですが、弓士、魔術士、斥候の3人は脱出して冒険者ギルドに報告したそうです」

「遭遇戦とはいえ、取り逃がしをするということは大した知恵は無いな。何者かに意図的に操られているというよりは、上位個体に統率されて群れの規模が拡大したものだろう」


 ミュラーの判断にオーウェンも頷く。


「で、その群れの動きは?」


 ミュラーの問いにアッシュは背筋を伸ばした。


「群に遭遇したのは森に入って1日程の地点。集団は森の出口に向かっています」

「百以上の群れか、食うに困って人の集落を襲う気だな?だとすると、最初に襲われるのは西の集落か」

「はい。サミュエル殿もそう判断して衛士隊と冒険者達をかき集めて西の集落の守りを固めるそうですが、戦力が足りません。また、冒険者が逃げ帰るのに半日を費やしていますので、あまり時間がありません!」

「いや、鈍重なオーク、それも百以上の集団となれば足は遅い。西の集落に押し寄せるのは早くても明日だ。余裕があるとは言えないが、備える時間はある。で、こちらの戦力は?」

「衛士が30、冒険者が30です。万が一に備えて領都の守りも必要ですから、これ以上は無理、とのことで、サミュエル殿は領主様の手腕に期待する、とのことです」

「サミュエルの奴、私に丸投げしやがった・・・」


 ミュラーは呆れ顔を浮かべた。

 そうはいっても、領内の治安維持は領主の責任だ。


「オーウェン、直ぐに出るぞ!衛士と冒険者で60、数の不足もそうだが、互いの連携の方が問題だ。私が直接指揮を執る」

「了解しました!さあ、行くぞ!リュエルミラ領兵の初仕事だ!しかも、大隊長お得意、大好物の敗色濃厚の劣勢下の戦いだ!」


 オーウェンは踵を鳴らして軍隊式の敬礼で応え、集合したクラン達に檄を飛ばす。


「何て言われようだ・・・」

 

 ミュラーは不満げに呟くが、あながち間違いでもないので何も言い返せない。


 ミュラーが着任して最初のリュエルミラの危機が訪れつつある。

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